「リカちゃん人形」が愛され続ける理由

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 ダッコちゃん、リカちゃん、人生ゲーム、チョロQ、トランスフォーマー、フラワーロック…。
 昭和生まれの人なら、子どもの頃に遊んだ! と懐かしく思うおもちゃばかりだが、これらのおもちゃを生み出したのが、“おもちゃの王様”ことタカラ(現タカラトミー)創業者の佐藤安太氏だ。

 福島で生まれ、奥深い山の中の村で育った佐藤氏は13歳で村を出て名門の県立磐城中学へ入学。しかし日本は戦争の時代へ突入、学徒動員がかかり、工場で働いているときに空襲を受ける。幸運にも助かり、終戦を迎え、東京の叔父を頼り、製紙会社に就職。20代半ばまで働き、29歳で塩化ビニールの加工の仕事をするために起業し、犬や猫の動物の空気ビニール人形で事業を軌道に乗せる。そして、ダッコちゃんを開発し、ダッコちゃんブームを巻き起こすのだが、佐藤氏は、一時的なブームでは会社は経営していけないことを学んでいた。

 どんな人気玩具でも、3年すると流行が終わるという3年周期説というものがあるのだが、この説を覆したのが「リカちゃん人形」であった。

 昭和39年、佐藤氏の創業したタカラビニールは、空気ビニール玩具の世界ではトップ企業となった。さらに、昭和41年には、社名を株式会社タカラに変更し、生産倉庫部門をタカラ工業として独立させ、空気ビニール玩具だけではなく、総合玩具メーカーを目指す。
 その第一歩が「リカちゃん人形」だった。
 そして、佐藤氏は、ダッコちゃんのような偶然起こったブームではなく、リカちゃんを自分でブームにしたいと考えたのだ。

 昭和42年に発売された「リカちゃん人形」は、テレビCMや少女マンガ雑誌での広告の効果もあり、ブームとなる。しかし、ただのヒット商品ではなく、永遠に売れ続け、永遠に愛される商品を目指した佐藤氏は、次の策に出る。
 リカちゃんにストーリーを持たせ、その世界観に存在しているアイテムをひとつひとつ具体化していったのだ。さらにボーイフレンドの「わたるくん」と友人の「いづみちゃん」を登場させ、リカちゃんとの3人は「リカちゃんトリオ」と命名した。ミニスカートやブーツなど、その時代の流行もリカちゃんの世界観にいち早く取り入れ、今なお、人気を博す玩具となっている。
 リカちゃんは、佐藤氏が目指した「狙って生み出したブーム」であり、自社ブランド、自前の流通、定番化を達成し、タカラの経営を安定させるものとなった。

 『おもちゃの昭和史』(佐藤安太/著、角川書店/刊)では、リカちゃん人形の他にも人生ゲーム、チョロQ、トランスフォーマーなど、現在も売れているおもちゃの誕生秘話を紹介している。

 リカちゃんや人生ゲームが誕生してから40年以上、トランスフォーマーが誕生してから25年以上が経っている。時代は移り、世代が変わっても、今もなお、タカラのおもちゃは子どもたちの心をつかんでいる。本書を読めば、佐藤氏のおもちゃへの情熱がひしひしと伝わってくるはずだ。
(新刊JP編集部/田中規裕)


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