【東日本大震災】 忘れてはならないもの

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東日本大震災から三カ月が過ぎた。6月21日の時点で、死者は1万5471人。行方不明者は7472人(警察庁のまとめ)。こうして数字にしてしまうと、「すごい数字だな」と思いつつも、さらっと読み流してしまいがちになる。しかし、この計2万2943人の多くには、家族がいて、親戚がいて、友だちがいる。

私たちは、テレビや新聞の影響もあり、被災地で亡くなった方々を「死者」、遺体が見つからない方々を「行方不明者」、そしていまを生きる被災した方々を「被災者」という大きなくくりで考えてしまう。だが、こちらからは大きなくくりに見えても、あちらから見ればすべてが個別かつ具体的であることを忘れてはならない。

テレビでは、震災などなかったことのようにバラエティやドラマが放映されるようになった。世の中がいつまでも自粛ムードを続けるのは好ましいことではない。ときには楽しみ、ときに笑わなければ、被災者も非被災者も意気消沈し共倒れになってしまうのだから。とはいえ、やはり忘れてはならないものがある。

今回は、災害対策支援医療チームの一員として震災直後の被災地で活動した看護師さんの「JKTS」というブログから、「瑠奈チャン」という2011年3月23日のエントリーを全文引用する。短い文章のなかに、 被災地の状況、子どもたちが置かれた環境、支援する側の葛藤などがうまく表現されている。そして、震災の被害や影響がいかに個別かつ具体的であるのか、ということがひしひしと伝わってくる文章である。

7、瑠奈チャン

2011-03-23 16:49:59

寝泊まりをした体育館で

たった三日間でかわいいお友達が出来ました。

血圧測定や点滴に走り回る私のあとを小走りについてくる

人懐っこい6歳のかわいい女の子、瑠奈チャン。

マスクが大嫌いな子だったので

マスクに全然似てないキティちゃんを書いてあげたら気に入ってくれたのが

きっかけだったのかな。

夜の体育館は本当に寒いので頼るのは薄い毛布と人肌。

私の医療チームは男ばっかりだから人肌に頼ることも出来ず毎日入り口付近で

すきま風と戦っていました。

電気が復旧していなかった広い体育館は例えるなら洞窟みたいでした。

ストーブも消され冷えきった真っ暗な空間。

頻繁な余震。

1人だったらどんなに怖くて心細いか。

たくさんの避難されているかたが集まっているからこんな暗闇でも

朝を待つ気力に変えられるのだろうと心底思いました。

真っ暗な夜中の体育館の

寝息の中に

もちろんすすり泣きの声も聞こえています。

不安なのかな、

家族や友達と会えていないのかな、

考え出すときりがないし

私は1週間程度だけど

ここにいるみんなはこれがいつまで続くんだろうと思うと暗闇の体育館は洞窟どころか

出口の見えないトンネルのようにも思えました。

寒くて眠れないけど、そろそろ寝ないと不眠不休で倒れてしまいそう

ここで倒れて足手まといになったら来た意味がないと寝返りをうっていたら

瑠奈チャンが「お姉ちゃん!」とどこからか毛布を持ってやってきて

ぴったり横にくっついてきました。

「瑠奈チャンも眠れないの?」と聞いたら元気よく頷いていたので

抱き寄せるとめちゃめちゃあったかい瑠奈チャン。

「お姉ちゃん、好きな人いる?」と瑠奈チャンに聞かれたので

「いるよ!」と言ったら

「どんな人?」って(´`)

「おヒゲがはえてる人だよ(笑)」と分かりやすいように教えてあげたら

「サンタさん??」と。

かわいいなぁと思いながら「そうだね、サンタさんみたいな人だね」と

頭をなでなでしながら話すと

「また冬になったらサンタさん来てくれるかな?」とニコニコした笑顔。

やっと笑顔が見れて嬉しくなって

「瑠奈チャンいい子だからまたサンタさん来てくれるよ!」と

言ってしまった私。

でも「瑠奈チャンね、おうちなくなっちゃったけどサンタさん、

瑠奈チャンちがないからプレゼント持って帰ってしまわないように

お姉ちゃんから言っておいて」と言われて、

ごめんねって思いながらぎゅっと抱き締めてしまいました・・・

「瑠奈チャン、なにが欲しい?」の私の質問に

「おうちとママ」

いつも一緒にいるのが母親かと思っていたけど

次の日、それは叔母さんということが分かりました。

瑠奈チャンのお母さんも被災され、あんなにかわいい瑠奈チャンを残して

瓦礫の下から変わり果てた姿で見つかったそうです。

瑠奈チャンは幼稚園にいて救出されたけど

お母さんは瑠奈チャンが大事にしていたお人形や絵本の入ったリュックを

抱えて亡くなっていたそうです。

まだまだ小さな瑠奈チャンはお母さんが恋しくていつも私にくっついて寝ていたのかな。

別の避難所と救護所に移動のためにいつも寝ていた体育館を去るとき

瑠奈チャンが私と別れることに対して声をあげて泣いていました。

お母さんと悲しい別れをしたばかりなのに、傷は癒えてないのに、また

別の形だけど人と別れる悲しみを味わせてしまった・・・

また会おうって言っても

お手紙を書きたくてももう瑠奈チャンには住所がない

でも、きっとまた復興したら必ず会いに行く約束をして体育館を離れました。

この震災を忘れずに

強くて優しい女性になってほしい。

どうかこれから進む道が明るくて幸せであるように。

リーダーナースとの泣かない約束はあっけなく破られ

手を振る瑠奈チャンを見ながら、車の中でずっと泣いていました。

なんでこんなことになったんだろうと悔しさをどこにぶつけていいか分からず

次の支援施設、救急病院へ向かいました。

みんなに笑顔と元気を届けに来たのに、瑠奈チャンを泣かせてしまって。

私のここにいる意味は何だろうとも思っていました。

■引用元
JKTS (http://blog.goo.ne.jp/flower-wing

(谷川 茂)


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