『E.T』や『未知との遭遇』で知られる巨匠スティーブン・スピルバーグ(製作)と、大ヒットTVシリーズ『LOST』を手がけたJ・J・エイブラムス(監督)がタッグを組み話題となったSF映画『SUPER8/スーパーエイト』が6月24日、全国で公開されます。すでに全米では公開されており、公開週の興行ランキングでは初登場1位に輝いています。

 ビデオカメラの普及以前に一般的に使用されていた8ミリカメラの名前を冠した同作。1979年の米オハイオ州を舞台に、映画撮影に熱中する子どもたちが、ある事件の全貌をカメラに収めてしまったことから、国家を揺るがす大事件に巻き込まれていきます。

 映画評論家の町山智浩さんは同作を評して、「J・J・エイブラムスからスピルバーグへの恩返し」だと自身のブログで語っています。いったいそれはどういうことなのか。町山さんの著書『<映画の見方>がわかる本』(洋泉社)にそのヒントが隠れていました。

 スピルバーグは子どもの頃、「いつもひとりぼっちだった」と町山さん。父親が転勤の多い仕事(IBMの社員)をしていたため、転校を繰り返し友だちと呼べる人がいませんでした。しかも、スピルバーグはユダヤ人であるため、人種差別の標的にもされていたそうです。おまけに運動神経が鈍く、かといって勉強もまったくダメ。どの学校でもひどいイジメに遭い、高校のときには登校拒否までしています。また、両親が不仲だったため、家では毎晩のように口論が繰り広げられていました。

 学校にも、家にも居場所がなかったスピルバーグは、唯一映画に救いを見い出します。15歳のときに父親から貰った8ミリカメラで戦争アクション映画『エスケープ・トゥ・ノーウェア』を自主制作。そして、18歳のときには長編SF映画『ファイヤーライト』を撮り上げ、本格的に映画への道を志すことになります。

 しかし、スピルバーグがデビューした70年代のアメリカ映画界は、経済的に大打撃を受けていました。ヒッピー文化の台頭とともに、伝統的なアメリカ映画は「古臭いもの」として若者たちから見捨てられ、大手の映画会社は倒産寸前の借金を抱えていたのです。

 そうした状況のなか、スピルバーグは『JAWS/ジョーズ』や『未知との遭遇』の国民的大ヒットによって映画会社を再建し、世界的なヒットメーカーに名を連ねました。もし、父親が8ミリカメラを少年スピルバーグに与えていなかったら、現代の映画界はまったく違うものになっていたどころか、最悪、ハリウッド自体が存在していなかったかもしれないのです。もちろん、J・J・エイブラムスが『SUPER8/スーパーエイト』のようなSF映画を撮ることもなかったでしょう。

 J・J・エイブラムスが1979年を舞台にした理由は、まさに自分自身がその頃「スピルバーグの作品に憧れ、スーパー8で映画を撮っていたから」だと町山さん。つまり、映画『SUPER8/スーパーエイト』は、後年まさにスピルバーグのようなヒットメーカーに成長した映画少年が、師匠へと贈る「感謝状」のような作品だったのです。



『映画評論家の町山智浩氏 映画『SUPER8』は「スピルバーグへの恩返し」と語る』
 著者:町山 智浩
 出版社:洋泉社
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