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「映画って何だろう。映画を紹介する仕事の意味って何だろう」。東日本大震災の直後、私はそう考えていた。多くの人が、自分の仕事の意義を、例え一瞬であっても見失いかけていた時期でもあったように思う。時に出会ったのが映画『127時間』だった。

主人公は、“タフな気取り屋”のアーロン。楽天的な一面を持ちながらも、家族とも、友人とも、女性とも、深く関わらずに生きてきた。週末、彼は誰にも告げず、いつものようにたった一人で、ユタ州のブルー・ジョン・キャニオンへロッククライミングに出かける。「一人旅、音楽 最高!!」と気ままに楽しむ彼だったが、あるとき、落石とともに谷底へと落ちてしまう。そして大きな石に右腕を挟まれ、そこから一歩も動けなくなってしまうのだ。助けを求めて叫んでも、そこは果てしなく広い荒野のど真ん中。自分の置かれた状況を認識していくうちに、彼は日常の中で取るに足らないと思っていたことの素晴らしさ、それらをとりこぼしてきたことへの悔しさを実感し始め、生きたい、生きて帰り、愛する人々としっかり向き合いたいと強く思うようになるのだ。そして、127時間が経過したとき、彼は生きるための大きな決断を下すのだった―。



絶望の淵にあっても、希望を自らの手でもぎ取ったアーロンの物語は、なんと実話だ。数々の映画賞を受賞し、アカデミー賞6部門を含む多くの賞にノミネートされてきたひとつの理由は、もちろん実話が持つパワーだが、やはりこのエピソードが持つメッセージを立体的に浮かび上がらせたダニー・ボイル監督の力も大きいだろう。

はじめは、「ああ、やっちゃった」と、どこか他人事のようにこの緊急事態を受け止めていたアーロンが、自然に翻弄されながら時を過ごすうち、喜怒哀楽を滲ませながら刻一刻と生きるための情熱をほとばしらせていく。それを目撃する者は、彼の置かれた状況、心情を想像し、彼の苦しみや後悔、希望に触れ、アーロンに寄り添い続けずにはいられないのだ。体が強張るような緊張感、人間になど構うことなく容赦なしに自然の営みが続く中で体験する孤独感、それらを見続けることは恐怖でもある。できれば見たくないようなシーンにも直面するうち、そして、えもいわれぬ美しさを持つ奇跡的なエンディングを迎えたとき、私は映画が与えてくれてきたものに気づいたのだ。

人は、体験したことだけしか理解できないわけではない。自分が体験していないことをも想定し、慮り、想像しながら生きてきた。他人の痛みや、苦しみにも寄り添いながら社会を築いてきたのだ。そう考えるにつけ、イマジネーションは人間が社会の中で生きる上で、必要不可欠なものなのだと思う。そして、それを養えるもののひとつが、映画なのだろうと。映画のなかには、残酷な歴史や、悲しすぎる物語を描いたものもある。だが、そこに映像作家たちの強いメッセージがある限り、そこにポジティブな可能性がある限り、観る意味は見出せるものだ。



『127時間』は、まさにそんな作品だった。谷底に落ち、誰も助けに来てくれない。アーロンの経験はまさに悲劇だ。だが、ダニー・ボイルがこの物語に魅了された理由は、稀に見る悲劇的事件だったからではない。そこに、力強い生命力、希望を渇望する人間の強さがあったからだ。それを世界に伝えたい―。そんな強い想いが結晶した作品を見終わった後、アーロンがかわいそうな人だと感じたり、これが悲劇の物語だと感じたりする人は稀だろう。

最初は、「何て気の毒な人なんだ」という気持ちでアーロンを見つめていた者も、物語が進むに連れ、アーロンと共に希望の光をつかもうと一緒に手を伸ばし始めるだろう。いつしか、観る者にとってもこれは他人事ではなくなり、心は94分という上映時間中、アーロンに寄り添い続けるのだ。映像作家が伝えようとする強いメッセージと、観る者の想像力が呼応し響きあう。そんな幸せな関係が、『127時間』にはあった。数々の映画賞受賞、ノミネートの理由は、そこにもあるに違いない。

震災から、早くも4ヶ月が経とうとしている。私たちがすべきこと、できることは様々だが、すべての行為、行動は、被災者の心に寄り添うことから始まるものだ。人の心に寄り添うことを学ぶことのできる映画の力は、やはり素晴らしい。今は、映画など観る気になれない、そんな場合ではないという方も多いだろう。それならば一刻も早く、誰もが映画を心から楽しめる、そんな日が来るまで、私なりのやり方で応援していきたいと思う。


『127時間』
監督:ダニー・ボイル
出演:ジェームズ・フランコ、アンバー・タンブリン、ケイト・マーラ、クレマンス・ポエジー、ケイト・バートン、リジー・キャプラン
2011年6月18日よりTOHOシネマズシャンテ、シネクイントほか全国にて公開
2010,アメリカ、イギリス,FOX
©2010 TWENTIETH CENTURY FOX


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