女子高生にまでもてはやされているドラッカーさんは日本限定

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今回は大原ケイさんのブログ『BOOKS AND THE CITY』からご寄稿いただきました。

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(『もしドラ』)ってどのぐらい売れたんだろう? もう500万部はいってるだろう。たしかアニメにもなってたよね。AKB48が出た映画版はそんなにヒットしなかったようにも聞くが、もうみんなが飽きた頃に同じ話で映画を作るのだから、さもありなん。
これはいい本だなぁ、少しでも多く売れて欲しいなぁ、なんて本が1万部もいかずに絶版になるなんてことが日常茶飯事の出版業界にあって、こういったミリオンセラーは嬉しいニュースのはずなのだが、複雑。

よく言えば、ダイヤモンド社さんにしては思いきって毛色の変わったものを出してきましたね〜、とねぎらう気持ちはあるけれど、著者が秋元氏の付き人だったなんてきくと、なんじゃそら? と思う。

しかもアタシ、この女子マネというものがそもそもキライ。なんでオトコがプレイしてオンナがそのお世話するんだよ? オトコだって部活の雑用は自分たちでやればいいんだし、そんなに野球が好きだったらオンナの子も自分たちで野球部つくればいいじゃん。もうそういう戦後の男女役割分担、やめようよ、ってのが本音。

しかも、こんなの大の大人が読んで感動するような話なんだろうか? 日本で今いちばん売れている本はこれですって胸はって海外の人に紹介……してほしくないような。

でも今回のコラムの主旨は、それとは全然関係ない。実はドラッカーなんて崇めてるのは日本人だけだからね、ってことが言いたかっただけだ。

ドラッカー先生に限らず、海外では知る人ぞ知る、あるいはそこそこぐらいの認知度なのに、どこか日本人のツボにハマって大はやりでもてはやされる外人さんは大勢いる。

最近ではサンデル先生。前にもブログに書いた*1 記憶があるが、実はこれ、友人の企画が大化けしたものだ。何年か前に、「ちょっとこの学生が言ってること、うまく訳せないんだけど……」と原稿を見せてもらって、「あ〜、この子、人前で質問してアガっちゃってるのか、話がループして自己矛盾してるよねー。ってことでスッキリとは訳せないでしょ」なんて助言した記憶がある。

*1:「今日から始める、自分だけのサンデル先生の授業 ディベート101」2010年8月29日『BOOKS AND THE CITY』
http://oharakay.com/archives/2177

ディベートスタイルの授業なんてアメリカじゃ珍しくも何ともないので、忘れかけていたら、変な時間帯に放映されてたにも関わらず、ヒット、あれよあれよと人気が出て、本も売れ、なにやら日本で引っ張りだこ。友人も新番組が作られる度に帰国して忙しそうだ。

そのこと自体を批判する気は毛頭ない。日本人にもこういう授業は刺激的であろうことは十分理解できる。でも例えばファンになって、 サンデル教授の著書を全部読んだり、授業を全部録画したりした人が、その辺のアメリカ人学生をつかまえて「ねぇねぇ、サンデル先生って面白いよね」と話しかけてもぜーったいに「は? 誰それ?」という返事が返ってくることうけあい。ハーバードの学生でも知らない人の方が多いと思う。

サンデル先生以上にピーター・ドラッカーという人は、日本限定の人気者。それをツイートしたら、予想以上にオドロキの反応がきてこっちがオドロいた。でもその一方で、確かにMBA留学していた間に一度も名前を聞かなかった、という人が何人もTLにリプライしてきた。

確かに彼の企業論は日本ウケすると思う。識者が良心をもって自分と他人の幸福のために働くのが理想、なーんて主張は、人生を会社に捧げちゃったニッポンの社畜の皆さんの耳には心地よい経済思想だからねぇ。でも、生き馬の目を抜くような熾烈なアメリカ企業の実態を目の当たりにすると、そんなのは単なる理想論のひとつでしょ、ぐらいの認識。こっちじゃ誰もそんな口当たりのいいこと言って働いてねーよ、となる。なんせ、Greed is good.な世界だから。

元々、ドラッカー先生、アメリカ人じゃないし。東欧のあたりからナチスを逃れてきたユダヤ人だよね、確か。一度、生前に電話でインタビューを試みたことがあるんだが、何年アメリカに住んでるのさ? みたいなきついドイツ語訛りの英語で閉口した。「What I want to warn you about……」が「ヴァタイヴォントゥヴォーンユアバーウト……」としか聞こえないんだもん。

ドラッカーさんに限らず、本国より日本で(いつまでも)ウケちゃってる人なら他にいくらでも思いつく。ライターで言えば、ピート・ハミル、ボブ・グリーン、デイビッド・ハルバースタムあたり。アメリカではとっくに“過去の人”になってからも日本で著作が売れてた。日本がバブルだったころは原稿料もかなりよかったから、彼らもわざわざ日本向けに書き下ろしてたし。

この3人は団塊世代のオッサンが大好きな“気骨のあるジャーナリスト”ってのがツボにハマったんだね、きっと。アメリカの感覚だと「ああ、旧い時代のマスコミ人にありがちだよね」みたいな発言が多かったのが共通点。

それ以外の業界では、エクササイズ・ビデオのビリー。最初、日本で流行っていると聞いたときは「ビリー? 誰それ?」と思ったけど、見てみたら、ああ、深夜放送の時間帯に流れている「タエボー」(コリアンのtaekwondoとボクシングを合わせた造語)の人ね、ってやっとわかったぐらい。あのエクササイズも本国アメリカのハンパないオデブな人が始めるにはキツすぎて、広まらなかった気がする。

別に、こういう人たちをもてはやすのが悪いことだとは言っていない。だけど、日本で人気があるからといって、本国でもそうだと思うのはまちがいだってこと。そこに歴然とした温度差がある場合もあるわけで。

やっぱり、不況の時代に日本がガラパゴス化というか、内向きになっているのが一因であるような気がする。悪いことではないけれど、いざ、企業や個人が海外進出を目指す場合、オノレの感覚がゼッタイではないことは肝に銘じておいた方がいいんでないかい?

執筆: この記事は大原ケイさんのブログ『BOOKS AND THE CITY』からご寄稿いただきました。

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