コートジボワール、その後

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大統領候補のローラン・バクボ氏とアラサン・ワタラ氏の権力闘争が戦乱に発展して、国全体が混迷していたコートジボワール。多くの一般市民が虐殺され、難民となった同国の事情を、筆者は2011年4月8日の記事で紹介した。(※)今回は、その続報である。

4月上旬にフランス軍と国連平和維持活動(PKO)の部隊が軍事介入し、ワタラ氏側の部隊と共同でバクボ氏側の拠点に攻撃をくわえた。その結果、ワタラ氏側の部隊は壊滅し、戦乱は終息した。そして、2010年10月の大統領選で当選したワタラ氏が、翌年5月21日、大統領に就任。式典には、サルコジ仏大統領も参加した。

こうして国内の戦乱は終息したものの、問題は山積みである。とりわけ、避難民に対する物資の支援や心のケアは、早急な対処が必要であるにもかかわらず、いっこうに進んでいない。そんな現状を理解するために、NGO「国境なき医師団」(MSF)の「活動ニュース」の一部を引用する。

「避難した住民の多くは、残虐な暴力の被害を直接受けているか、または、ほかの人たちが切りつけられ、火を放たれ、殺害されるのを目撃しています。一部の人は、襲ってきた者たちは顔見知りだといい、彼らがまだ村の周りに残っているのではないかと恐れているのです。人びとは食事や睡眠を十分にとれず、不安や動悸(どうき)に苦しんでいると話しています。再び暴力や復讐に遭うことを恐れ、多くの人が隠れ続けることや難民として暮らすことを選択しています。また、単に帰る場所がない人たちもいます。家は焼かれ、農作物も根絶やしにされてしまったためです」(MSF、活動ニュース、2011年6月10日)

また、10万人の避難民が隣国のリベリアに逃げたといわれている。逃げた先の土地は、もともと食糧不足の地域であったことから、きびしい生活をおくらざるをえない避難民が多い。さらに、コートジボワールもリベリアも雨期であるため、マラリアの感染が拡大している。

バクボ氏側の部隊とワタラ氏側の部隊によるが戦闘が激化し、日本大使公邸が襲われた4月上旬には、ほんの数日ではあるが、日本でも同国の情勢が報じられた。しかし、その後は日本のどのメディアも同国について報じなくなった。現在は、かろうじてNGOの活動報告によって現地の事情を知ることができる。

筆者がこのように同国の事情を継続して報じるのは、報じるに値するような事態が今も現地で起きているからだ。日々発生するニュースを追うのは仕方のないことだとは思うが、アフリカのある国で戦乱が起き、人びとが虐殺され、戦乱が終息したあとも多くの避難民が想像を絶する苦難をあじわっていることを、私たちは忘れてはいけないと思う。

(※) 西アフリカの小国「コートジボワール」で、いま起きていること

http://get.nifty.com/cs/catalog/get_topics/catalog_110407000332_1.htm

(谷川 茂)

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