竹ノ塚マンホール蓋通りの謎にせまる!

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さて今回は、私の師匠の「駅からマンホールさんのブログ」で見てからずーっと、撮影しに行きたかった足立区の蓋をご紹介するとともに、竹ノ塚マンホール蓋通りの謎にせまってみたいと思います。

23区内屈指のカラーマンホール蓋密集地帯

東京23区内に、何万個のマンホール蓋があるかはわかりませんが、そのほとんどがカラーマンホール蓋ではない通常の蓋なのです。まあコストの関係でなかなか難しいかとは思いますが、マンホール蓋ファンにはとても残念なんです。よくあるのは以前の記事で紹介した桜がデザインされた蓋やJIS規格文様の蓋(JIS規格系は、そのうちご紹介します。)で、かなりの数がでまわっているかと思います。

ところが、足立区のあるところに大量にカラーマンホール蓋があるのです。その場所は、東武伊勢佐木線の「竹ノ塚」南側の踏切(伊勢崎線第37号踏切)から延びる道なんです。

どれくらい大量かというと、、、こんな感じで設置されています。

(2011年6月撮影 以下すべて同じ撮影日)

竹ノ塚三丁目の交差点(増田橋の交差点。ここまで歩いて確認済み)から、伊興五丁目の交差点(この交差点の前で力尽き果てたので、実際はもう少し先まであるかも)にわたっての道路約1.6kmにわたり延々とカラーマンホール蓋が設置されています。しかも道路の両側の歩道にありますので、相当な数です。これだけの数のカラーマンホール蓋があるのは、23区内ではここだけではないかと思います。ということで、私が勝手に「竹ノ塚マンホール蓋通り」と名をつけてしまいます。

ちなみに踏切から、北西に延びる道には、うすい、おすいとも「魚捕りの風景を描いた蓋」が設置されています。



一方、踏切から南東に延びる道は、バリエーション豊かで、「魚捕りの風景」、「蛙」、「コクチョウ」、「ワライカワセミ」の4種類のカラーマンホール蓋が設置されています。




それでは個別に見ていきましょう!
まずは「魚捕りの風景」の蓋から。

とてものどかな蓋ですね。昭和30年代ぐらいの風景でしょうか?左端の野球帽をかぶったランニングシャツの子供が、時代を感じさせます。なんだか和む蓋ですね。

次は、お目当ての「蛙」の蓋です。大きさは中型クラスの蓋です。



「やせ蛙 まけるな一茶 是にあり」と、小林一茶の俳句が書かれている。この句は竹ノ塚にある炎天寺で詠まれたとされ、炎天寺には蓋と同じような句碑と蛙が相撲をしている像があります。余談ですが、小布施の岩松院で詠まれたとの話もあるようです。また句の解釈も一般的には、「蛙合戦」で負けそうな蛙と病弱な初児をかさねて、応援とした句とされています。他に花札の11月の札である「柳の下の小野道風と蛙」からインスパイヤされた句ではないかとの説もあり、こちらも想像を巡らせるのが面白いです。この辺は詳しくないので興味のある方は調べてみて下さいね。
どちらにしても、考えさせられる句であり、そして何よりも素晴らしいデザインのマンホール蓋です。撮りにきたかいがありました。

さて最後の2枚の紹介です。両方とも足立区と姉妹都市提携をおこなっている、オーストラリアのベルモンド市にまつわる蓋です。オーストラリアに生息する鳥が描かれています。

まずは「コクチョウ」の蓋です。



最後は「ワライカワセミ」の蓋です。

このような多彩な蓋が大量に設置されていたのです。

なぜこんなにマンホール蓋があるのでしょうか?

さてここからは、なんでこんなに蓋があるのか?の謎に勝手にせまっていきます。ここから先は、多分に推測が混じっていますので、話半分で読んでみてくださいね。

撮影しているときは、こんなに蓋があるのは「この辺にマンホール蓋メーカーがあるのかなぁ。。。まあ鋳物で有名な川口も近いしなぁ」と思っていましたが、家に帰って、地図を見ているとあることに気がつきました。第37号踏切から北西に延びる道の先に、川があったのです。そして、川に至る道には、「聖一の橋」、「はんの木橋」、「古千谷橋」と交差点の名前に橋がついていたのです。そういえば、踏切から南東に延びる道のカラーマンホール蓋が無くなっている竹ノ塚三丁目の交差点には地上にもかかわらず「増田橋」と表示がありました。。。


より大きな地図で 竹ノ塚 マンホール通り を表示

「竹ノ塚マンホール蓋通り」(命名私なので、公式ではないです。)の位置

ということは、この通りには川が以前あったのではないか?もしかして暗渠なのではないか?。。。そうなると、「魚捕りの風景」のマンホール蓋があるのも、蓋の数が尋常ではなく多いのも納得がいきます。

いろいろと調べていくと、「竹ノ塚マンホール蓋通り」は、もともと赤山街道と言われていた道の一部だったのです。この赤山街道は増田橋のところで、旧日光街道とぶつかっていて、その赤山街道にはかって両脇に、千住堀と竹ノ塚堀という用水堀があったそうなのです。これですべての謎がつながりました。「竹ノ塚マンホール蓋通り」の歩道の下には暗渠が通っているのはないかと。。。近くに暗渠があれば、雨水や汚水の処理にそこを使わない手はありません。必然的にマンホール蓋の数が多くなるわけです。

ただ、この仮説にも矛盾点があります。雨水はまだしも汚水を暗渠に直接流すのか?「魚捕りの風景」の蓋に描かれている川は一つしかなく川幅もそれなりにあるので、違う川を描いたものなのか?。。。この仮説は謎に迫っただけで、見当違いかもしれません。暗渠が本当にあるのかは、暗渠の専門である本田さんのアドバイスをいただきたいと思います。。。と無茶ぶりして、今回の記事をしめたいと思います。






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