心がほぐれる水木しげるの名言

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 あなたは「水木しげる」と聞いてどのようなイメージを思い浮かべますか?
 『ゲゲゲの鬼太郎』の生みの親でしょうか?
 妖怪博士としての一面でしょうか?
 妖怪研究家の大家というイメージが強い水木しげるさんではありますが、”知る人ぞ知る”なとぼけたキャラクターも持ち合わせており、そこが魅力の1つでもあります。

 『本日の水木サン―思わず心がゆるむ名言366日』(水木しげる/著、大泉実成/編、草思社/刊)は、そんなおとぼけな水木さんの言葉に癒されつつも、水木さんの魅力的な人となりも同時に味わえる語録に仕上がっています。
 一日一言、1年366日楽しめるような日にち構成となっているのも面白いところ。

 本書の中から、「水木サン」の言葉を少しご紹介いたします。

■「はぁ、誰が?」
 熊野を訪れ、木のウロに入って喜んでいる水木サン。実は以前にも同じようにその木のウロに入って喜んでいたらしく、地元の人に「先生、前に来たときも入って喜んでらっしゃったじゃないですか」と言われると、水木サンはこう返したそうです。

「はぁ、誰が?」

 木のウロに入ったことを忘れてしまった水木サンですが、二度目でも新鮮に感じられる。「忘れる」という行為が前向きに表れています。
 このエピソードに対し、水木ファンで知られる京極夏彦さんは「水木先生のとぼけ方は素敵ですよね」と言い、村上健司さんは「人生が二度おいしい」と評します。「忘れた」本人が純粋に楽しんでいるだけにとどまらず、その行動が周りにいる人間の肩の力も抜かせる力を持っていることを感じさせます。

■「アカプルコの美女はつきとばされました。」
 日程の都合でどうしても 美女がたくさんいるアカプルコのビーチに行けないとわかったとき、水木サンは次のように言いました。

(ひょっとこのような口で)「アカプルコの美女はつきとばされました」

 水木サンは妖怪と同じく女性への関心が高いようです。本書にはこの類いの発言が割と多く収録されています。中にはダイレクトな表現で女性(または性)を求めているものもありますが、実際のところ発言は大胆でも行動においては”隣に座ってツーショットを頼む程度”なんだとか。
 何とも可愛らしい水木サン。
 それにしても、美女に会えなくなった様子を“つきとばされる”(外部からの大きな力によって目前からいなくなる)という言葉で表現するとは。渡航の中止がいかに不本意な事であったかが伝わってきます。

■「あれが八番目と違いますか」
 メキシコ・モンテ・アルバンの第七墳墓。ここには金やトルコ石、ヒスイ、貝など、数々の装飾品が残されていて、世界的にも有名な遺跡です。
 ここで、水木サンは隣の山の一点を指さし、

 「あれが八番目と違いますか」

 と言ったのです。案内のマリオンさんは即座に、「違います」と答えました。

 想像してみてください。自分が、メキシコのモンテ・アルバンのまさに墳墓と言われる中を見学しているところを。そして、特別な知識はないけれども、少なくとも他の墳墓も今いるところと同じような形状で存在しているのだろうか
 …などと考えている最中に、隣でこう発言されたところを。
 そして、海外現地の人からツッコミを受けている隣人を目の当たりにするところを。

 ものすごく大きな発想と、自由な空気、そして脱力感。普段、物事を固くとらえている頭がほぐれるような感じがします。

 いかがでしたでしょうか?
 とぼけた水木さんの発言ですが、実は語られている内容は生/死について、仕事(漫画)、宗教観、戦争について等ジャンルは様々。難しそうなテーマもありますが、語り口はいたって軽快でシンプルで、心にすっと入ってきます。

 ページを開いていけば、力を持った言葉たちが楽しませてくれる事はまちがいありません。なぜなら、これらの言葉は どんな状況に陥ろうとも「好きなことをやって生きている」という水木さんの生き方そのものが反映されているからに他ならないからです。
 是非、水木節をご堪能してみてください。
(ライター/胡桃沢梅子)


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