「復興庁」が絵に描いた餅で終わる予感

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政府、復興庁の創設に動く

東日本大震災の1週間後、政府は「復興庁」を創設するための検討をはじめた。「複数府省にまたがる復興事業を統括し、迅速に復興を進める」(読売新聞、2011年3月21日)のが同庁を作る狙いだという。

そして、同庁の創設をふくむ「復興基本法案」が昨日、与党・民主党と野党の自民・公明の合意によって、6月17日の参院本会議で可決、成立する見通しとなった。設置の時期は、「可能な限り早い時期に」(時事通信、2011年6月7日)とのことである。

被災地の復興と被災者の救援は、政府が中心となって、日本が全体で取り組むべきアクションであることは、いうまでもない。荒廃した土地と傷ついた心。被災地の人びとと被災しなかった私たちの双方に、これらとどう向きあっていけばいいのかという問いかけが、いまつきつけられている。

大正時代の「帝都復興院」は参考にならない

そんな時期に、被災地を復興する目的である省庁が創設されることは、歓迎すべきことだと考えてしまいがちだ。しかし、ほんとうにこのタイミングで「復興庁」が必要なのであろうか。

同庁は、「関東大震災後に首相直属機関として設置され、大規模な復興計画を立案した『帝都復興院』を念頭に置いたもの」(読売新聞、同)だという。「帝都復興院」とは、1923年9月1日に発生した関東大震災の約1カ月後、内務大臣の後藤新平が中心となって設置された政府の機関である。

戦前・戦中の「内務省」は、地方行政から警察、建設、衛生など多岐にわたる部門を統括しており、政府のなかでもっとも権力と権限を持った省庁であった。「帝都復興院」のバックグラウンドにあったのは、一局に集中した権力と権限であり、鶴の一声ですべてが迅速に動くような体制が整っていた。

ところが、戦後になると同省は、GHQによって解体される。権力の一局集中が、日本のファシズム化の一因だと判断されたのだ。その後、同省が持っていた権限は、現在の総務省や警察庁、国土交通省、厚生労働省などに分割された。そして、日本では各省庁の官僚がそれぞれの権益を強固ににぎる状況が続いてきた。いわゆる「タテ割り行政」である。

「大震災だから、とりあえず復興庁」のノリでいいのか

タテに割られた行政は、ヨコの連携が苦手だ。ヨコの連携をうまくいかせるためには、強力なリーダーシップと官僚の連携が必要である。しかし、リーダーは不在だし、官僚の連携も「まゆつば」な現状で「復興庁」を創設しても、絵に描いた餅になって終わるのではないか、と筆者は懸念している。

現在、首相官邸〜各省庁〜都道府県〜市町村というラインで機能している被災地の復興。おそらく、「復興庁」は、「官邸〜各省庁」のあいだに創設されるべき省庁なのだろう。だが、同庁に強力なリーダーが不在で、かつ、それなりの権限と予算がなければ、「この件は厚生労働省へ」「この件は国土交通省へ」と被災者らがたらい回しにされる可能性が残る。

被災地の復興は、スピードが第一義であるにもかかわらず、同庁の創設により諸手続きが複雑化されてしまったら、本末転倒になってしまう。そもそも、あたらしい省庁を創設する前に、できることがあるのでは。例えば、各省庁の職員を、県庁以下、被災地の役所に配属する。復興予算を被災地の役所に直接配分して、使い方は任せる。

スピードが必要な事業には、できるだけシンプルな構造の組織が必要である。被災地や被災者の意見や意思が、すぐに反映される仕組みも必要である。「復興庁」が、その役割を担ってくれればいいのだが……。筆者には、「とりあえずビール」みたいなノリで、政治家が「大震災だから、とりあえず復興庁」といっているようにも見える。

(谷川 茂)


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