あの日向まさみちが小説家として復活、という報を受け、正直驚いた。
『本格推理委員会』(角川文庫)で第1回ボイルドエッグズ新人賞を受賞してデビュー、という出発点には読者としてお付き合いしたものの、その後はさっぱりご無沙汰していたからだ。新刊『ロンリー・コンバット!』の巻末にある来歴を見ると、『本格推理委員会』上梓当時は京都府立大学文学部に在籍していた、とある。学生だったのか。来歴をもっと読むと、その後大学を中退して塾講師となり、さらに職を辞した後同志社大学商学部に入学したとのことである。いろいろあったのだなあ、と思う。その間著作は1冊もなく、『ロンリー・コンバット!』が7年ぶりの書き下ろしだ。いろいろあったのだなあ。
 前作は、申し訳ないのだが肌に合わなかった。書評はやっていないが、『このミステリーがすごい! 2005年版』(宝島社)で藤田香織氏と対談をしたときに採り上げ、構成を批判した記憶がある。学園小説+推理好きのコンビ、という設定も当時はありふれたもので、顕彰すべき新しさは感じなかった。この評価は今も変わっていない。
 そんなわけで、ほとんど期待をせずに新作を手にしたのである。ページを開いて、二度目の驚き。この人、ものすごく巧くなっている! 章の切れ目に引きを作って読者をついてこさせるようにする技法やキャラクターを適度にデフォルメして読者に記憶させるやり方なんかは満点を差し上げてもいいレベルだ。何よりも主人公のキャラクターがいい。作者の分身のように見せかけられているが実はそうでもないだろう。第一印象では読者が拒絶してしまいそうな人物として作っておいて、共感できるようなことを少しずつ口にさせ、じわじわと引きつけていく。最初は距離をとって読んでいたのに、気がつけば主人公が気になってしまっている自分がいる。
 エンターテインメントの書き方として完璧だ。中盤に「どん底」の地点を設けて、主人公にそこから復活をさせたり、後半に読者の予想を裏切る展開を持ってきたりするプロットの作り方は、教本通りのものである。この7年間で相当勉強したのだろうな、と感じさせる。間違いない。この作品が日向まさみちの真の出発点となるだろう。
 と、べた褒めに褒めてみた。ただし、この小説には一点問題がある。先に「第一印象では読者が拒絶してしまいそうな人物」と主人公を紹介したが、彼、伏見イナリは真性のロリータ・コンプレックスの人間なのである。理想の女性は14歳。なのに、中学生相手の塾講師をやっている。『ロンリー・コンバット!』は、彼がその塾で、運命の相手である九重都に出会ってしまうという話なのだ。九重都、眼鏡が似合う優等生タイプの美少女である。一介の塾講師であるイナリが彼女と親しくなったきっかけは、お互いにアニメや漫画が大好きなオタクであるという事実が判明したことだった。
 はい、引いちゃった人、手を上げて。ひい、ふう、みい......結構いますね。それが正直な反応だろうと思う。作者も版元も、覚悟の上でこの設定を通しているはずだ。
 私も正直引きながら読んだ。どんな理由があろうと、真っ当な判断能力を備えていない未成年者と大人の恋愛は認められるわけがないからだ。ただ、イナリという主人公の魅力はその点にあって、彼は自分が間違っていることを十分に承知している。塾講師としてはかなり有能なほうでもあり(作者の経験が活かされていると思う)、教師として都に誠実な対応をしようともするのだ。それでも本来の願望は隠し切れず、またまずいことに都が男性としてイナリに惹かれてしまうようにもなり、ということで話はどんどん危険水域に近づいてくる。
 小説の核心部分である第六、七章は、ページを開くのが辛いと感じる人もいるはずだ。別に目を背けたくなるような描写があるからではない(この本に、未成年者を性の対象として弄ぶような箇所は出てこない)。イナリの一部に共感してしまい、どう見ても袋小路としか思えない彼の恋の成り行きを、知るのが怖くなってしまうからだ。これは許されざる恋をしてしまった人間の苦悩を描いた小説である。社会通念で許されず、また内なる倫理に照らし合わせても許せるはずがない。そうした恋愛感情を持ってしまった人間が、自暴自棄にならずにいるためにはどうしたらいいのか。

 ----なんでこんな薄汚い欲望を幼い少女に向けるのか昔から考え続けている。けれど、いくら考えても分からない。俺よりも悲惨な目に遭いながら真っ当な生活をしている人はいくらでもいる。まともに生きられないのは俺が悪い。だけど、どうしたらまともになれるのか分からない。



「まずは、俺のできる限りのことをして一人一人の信頼を取り返す。ロリコンだっていう事実からは逃げられない。それをふくめた上で、俺個人を認めてもらうしかないって思うんだ」



 13歳の少女が26歳の男に恋愛感情を持つようになる展開をご都合主義とそしる人はいるだろう。展開そのものを、あまりに楽観的だと嗤う人もいるかもしれない。
 それでも、誠実な小説だと思う。少しでも内容が気になった人は、どうか最後まで読み通して、それから文句を言ってもらいたい。それだけの労力をかけるだけの価値はある小説だと思うからだ。
 最終ページまで読み終えたとき、伏見イナリに共感を覚えている自分を発見した。
 それが本書から受けた、三番目の驚きだったのである。

(杉江松恋)







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