【無所可用】一おたくとして「おたく」「マニア」を定義する
毎度マニアックな内容におつきあいくださいまして感謝感謝の「無所可用、安所困苦哉」でございます。気がつけば掲載開始から一年が経過しまして、第30回目。毎週コラム書ける人って本当にすごいのだなぁ、よくネタがつきないもんだと関心してしまう今日このごろでございます。

この記事を読んでくださっている方々の多くは、おたくだったりマニアだったりするのだろうなと思います。おたくとかマニア(あくまでも日本での意味合いとします)ってどういうこと?いままでこういうことは何度も取り上げられてきたのですが、おたくだマニアだと「言われる側」からの意見でも述べてみようかと思います。

ワタシの趣味といえば、やはり鉄道がメインであり、その次に萩尾望都であり、その次にPaul Smithであり、その次くらいに野鳥観察で、アニメや爬虫類はまだまだだと思います。
アニメと爬虫類は、偉大なる先達にまったく追いつけていない。爬虫類もアニメもここ数年程度のもの。なにせハルヒより前のアニメはよくわかっていないですし。

でも鉄道でしたらアレコレ言えます。
例えば、「現在の車両の写真を撮るだけ」の人には、”鉄道マニア”とか”鉄オタ”とか言ってほしくない。
「鉄道ファン」であることは間違いないと思うけれども、おたくとかマニアという世界には、まだ入ってきていないと思うのです。

じゃあどこまで行けば”おたく”だったり”マニア”だったりするの?
というところですが、「全体像」「時代性」などの、バックグラウンドを含めた知識体系を持っている、もしくはそれらを知ろうと調べている、ということではないかなと。これは爬虫類ライターの冨水明さんがmixiの日記で書いていて、非常に共感を覚えたところです。

例えば、今、201系というJRの電車が、JR東日本から無くなろうとしています。「無くなるから撮りに行く」だけでは浅はかに過ぎる。
201系登場時の国鉄の状況、東日本では中央線系統以外に普及しなかった背景、今の終焉という全体像と歴史を知ってこそではないか、と思うのです。
無くなる車両や路線をただ「無くなるから」というだけで追いかけるのは、そのエネルギーは認めるけれども、おたくやマニアとは”ちょっと違うな”ということです。

数年前のことですが、ワタシが参加している鉄道模型を同好の士とする集まりにおきまして、ちょっとイザコザがございました。
毎年、ある「テーマ」を設け、そのテーマにあった車両・ダイヤを作って運転をしようということで活動しています。規模的にはバスケットコート半面くらいの面積に線路を敷きまわします。しかしあるとき、この「テーマを決める」のがイヤだ、ということを言い出した人がいたのです。

鉄道といっても多種多様にありまして、国鉄・JRでも東海道本線と鹿児島本線では走る車両やダイヤの密度が異なります。
私鉄となると各社個性があり、設計も塗装も異なります。
それらの違いに「こだわり」、車両模型を制作して、本物に似たダイヤを作って運転しようという趣旨でやっているところへ、その人は「自由に運転したい」と言い出したのです。

最初から「今回はこのテーマで、車両作って、ダイヤに基づいて運転する」と言っているのですが、どうも広さというか線路の長さというか、そこにだけに興味が行ってしまったようなのです。自分の持ち込んだ車両を広いところで運転できるのかと思ったらそうでなかった、と。
最初に説明をよく読んでいないだけじゃないかというのが大勢の意見で、まともに相手にしてもらえなかったせいか、「大体、こだわるのがおかしい」とまで言い出しました。

このとき起こったことは、広々とした線路で運転することができなかった「ファン」が、「かなりマニア」な集団の中に入ってきてしまい、動きがおかしくなった、ということだったろうと思います。

テーマを決めてダイヤを作ってという形態に至るまで、いろいろな試行錯誤があったわけです。そうして形が出来上がったマニアな世界に、ポンと下りてきた。ここで、どうしてこのような「こだわり」とか「ダイヤ運転」なのか、ということを考えることなく、ただ自分の考えとの違いを「自分が正である」として、異論を唱えたと思われます。

最も、こんな騒動はこれきりでした。多くの人は、初参加でも「こだわり」の趣旨について考え、同意した上で参加しています。
話が長くなりましたが、こういった背景や全体像を探り、知り、考察するところが「ファン」と「おたく」「マニア」との違いだろうなと思うわけです。

さらによくできたマニアな人は、次のようなことを実践しています。

「他人のこだわりにやさしく、自分のこだわりに厳しく」

他の人のこだわりには、否定的な口出しをしない。共同で行う場合には尊重しできるだけ協力する。ただまぁ、無理のない範囲で。
自分のこだわりは「究める」。但し、こだわりについて説明はしても、同じレベルのこだわりを押し付けたりはしない。

生暖かい目で見守るのとは違いますよ。こだわりを認めて評価し、尊重しようということです。もちろん、こちらがそのように思っていても、相手がどう思っているかはわかりません。そこは置いておいて、自分はそのような態度で臨むということです。この境地はアタマでは理解していても実践するのは難しいのですけどね。
で、この「一歩成長しているおたく/マニア」な方の名称はまだ無いみたいです。エキスパート?そんな職業みたいな呼び名は嫌かなぁ。ネ申?それはちょっと先すぎる(笑)。

いかがでしょうか?よろしかったら皆様の「おたくとは?マニアとは?」を聞かせてくださいませ。

■ライター紹介
【エドガー】

鉄道、萩尾望都作品、ポール・スミス、爬虫類から長門有希と興味あるものはどこまでも探求し、脳みその無駄遣いを楽しむ一市民。そのやたら数だけは豊富な脳みその無駄遣いの成果をご披露させていただきます。

※コメント希望※
今回のコラムをお読みになった方で、自信の考える「おたくとは?マニアとは?」について是非コメント欄にご意見をお寄せください。


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