目黒千代か池と富士見坂

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富士見坂という名前がつけられた坂道は都内にいくつか存在することは前回お話したと思います。おかげで富士見坂というだけではどこにある坂道かという見当がつかないことも多く、さらに同じ区内でも富士見坂とよぶ坂道が複数ある例もあったりもします。
そこで、僕のブログでは坂道ごとにナンバリングすることによって、おおまかに分類していたおかげで、いままでは細かい整理もすることなくやってきたわけですが、このみちくさ学会ではそういうこともなるべくしないようにして乗り切っていこうかなと思っているしだいであります(余談ですけど・・)。

そんなわけで今回の富士見坂も前回の記事「目黒駅ちかくにある富士見スポット」と同様目黒駅ちかくにあり、(なんと)すぐ北隣にあった坂道をとりあげてみたいと思います。
そしてこちらの坂道はいつ頃名付けられたかまでは不明ですが、「富士見坂」という名がきちんとつけられています。
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写真1

ではまず写真1です。
こちらは坂下からのものです。
見るからに高低差がありそうですね。空もけっこう広く見えています。
あと道路の舗装のほうをじっくりとみてみると、ドーナツリングのようでもありジャノメのような模様のようにもみえるすべりどめ(いわゆるジャノメ坂と一部ではよばれています。詳しいことはまたそのうちお話します)が刻まれています。この坂はけっこうな急勾配で雨や雪が積もったときなんかは危険なのでこんな舗装にされているというわけです。
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目黒千代か池(江戸名所百景)


そして、こちらは歌川広重の江戸名所百景の「目黒千代か池」なる浮世絵です。
かつてこの付近一帯は“千代が崎”とよばれていたそうです。
また現在の坂上のすぐそばの公園に、この千代が崎の地名についての由来を記した案内板があり、『JR目黒駅近くの権之助坂上から恵比寿方面へ向かう目黒川沿いの台地は、かつて「千代ヶ崎」と呼ばれ、西に富士山を、東に品川の海を臨む景勝地で、その様子は『江戸名所図会』にも描かれています。目黒区一丁目、三田二丁目と品川区上大崎二丁目の区境あたりの地に、江戸時代、九州の肥前島原藩主松平主殿頭の抱屋敷がありました。2万坪あまりの広大な敷地の庭には、三田用水を利用した滝や池があり、景色のあまりの見事さから絶景観と呼ばれた別荘がありました。屋敷地の一角(現、目黒1−1付近)には、かつて「千代が池」という池がありました。これは南北朝時代の武将新田義興が、多摩川矢口の渡しで非業の死を遂げ、それを悲しんだ側室の千代が身を投げた池と伝えられています。千代ヶ崎の地名は、この「千代が池」が由来といわれています。』と書かれていました。
そういうわけで、なぜこのような浮世絵を急にだしたかというと、もうおわかりのとおり、案内板の説明にもでてきた千代が池の風景を描いたものが目黒千代か池という名の浮世絵ということになり、古地図でだいたいの位置を調べてみると、今回の富士見坂の坂下あたりもかつてこのような景色がひろがっていたんだろうなあというわけです。
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写真2

(ここまででだいぶ字数が増えちゃいましたけど、とりあえずどんどん行きたいと思います。)
次に写真2はドーナツリング滑り止めがとぎれるあたりまで、坂道を上り、坂下のほうを眺めたものです。
おそらく坂下とは建物3階分くらいの高低差があると思われます。
しかも正面が駐車場になっているので、そのぶんぬけっぷりがなんだか気持ちいいですね。

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写真3

さらにこのあたりまで上ってくると、坂下のほうもはるか遠くのほうにあるという感じです(写真3です)。
またこのあたりの道はアスファルト舗装になっていることからも勾配具合は坂下あたりに比べてずいぶんゆるやかになってきます。
あとは複雑にからみあった電線がすこし気になるところですかね。

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写真4

すぐ右側には現在リニューアルされ警視庁の目黒合同庁舎となったいましたが、かつてここは東京都教職員研修センター等の施設として使われていたらしく、千代が崎についての案内板も施設内の植え込みあたりに設置されていたそうですが、今回歩いた時は中に入ることもできず、残念ながらその案内板を見つけることができませんでした。

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写真5

最後に写真5です。
こちらは、やっとこ坂上あたりまでやってきて坂下のほうを眺めてみたものです。
ここからでもなんとか坂下あたりの様子を確認することはできますけど、地形図で確認してみると坂下あたりからここまで約18mくらいの高低差はあるようです。
そして、もちろんこの坂上からもかつて富士山を眺めることもできたのかもしれないですけど、現在はビルに隠れてみることはできないそうです。

ちなみに、他の資料では、この坂道の北隣(目黒区三田2と目黒1の間)の坂を富士見坂とよぶ説もあり、かつての千代か池かいわいの富士見坂の場所については諸説あるようですが、今回はこちらのほうを選んでみましたのであしからず。

今回の住所
東京都目黒区目黒1丁目1と2の間



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