【建物萌の世界】第六回 放課後気分のティータイム
こんにちは、咲村珠樹です。今回の「建物萌の世界」通称「たてもえ」は、映画「けいおん!」の前売券が発売されたこともあり(?)、東京都内にある素敵な校舎にご案内します。

豊島区池袋。乙女ロードや『デュラララ!!』の舞台として知られていますが、その反対側の西口から目白方向に少し歩いた住宅地の中に、自由学園明日館があります。羽仁吉一・もと子夫妻が1921(大正10)年に創立した、キリスト教精神をもとにした教育を行う「自由学園」という学校の旧校舎で、設計は近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトと、その弟子である遠藤新。初期ライト建築の特徴である、水平線を強調して横に広く伸びる「プレーリースタイル」がよく判る建物です。1997(平成9)年5月に、国の重要文化財に指定され、1999(平成11)3月から2001(平成13)年9月までの間、保存修復工事が行われました。

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建物の配置は左右対称になっており、どことなく日本の寝殿造(京都・宇治の平等院鳳凰堂など)を思わせるレイアウトです。1893(明治26)年のシカゴ万博で、日本は平等院鳳凰堂をモチーフにしたパビリオン「鳳凰殿」を作っており、ライトも見学していますから、何らかのヒントになっているのかもしれません。

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特徴的なデザインを見せる中央棟。いかにも「ライト建築」という姿です。礎石は帝国ホテルでも多用された大谷石。

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さて、驚くべきはこの建物、木造なのです。しかも、現代の住宅建築で用いられる2×4(ツーバイフォー)工法のような、木造枠組壁構法で建てられているんですね。欧米では当時から用いられていた木造住宅の工法なので、修業時代から住宅建築を多く手がけていたライトがこれを採用したのは自然なことでした。

この明日館建設にあたっては、ちょっとしたエピソードがあります。クリスチャンであった羽仁夫妻は、娘達が小学校で受けていた知識詰め込み型の教育を目の当たりにして不安を抱き、女学校に進学する頃になったのを機に、自分達の理想の教育を目指して「自由学園」の創立を計画します。その為の校舎を、同じ教会に通う仲間であった建築家の遠藤新に設計してもらおうと思い立ちました。夫妻のことを良く知る遠藤ならば、意図を汲み取って良い校舎を設計してくれるに違いない、と考えたのでしょう。そして夫妻は遠藤に話をしたのですが、彼は「ちょうど帝国ホテルの建設で、師匠のフランク・ロイド・ライトが来日している。どうせなら師匠に話してみてはどうか」といい、ライトに夫妻を紹介しました。

夫妻の話を聞いたライトは、この学園が掲げる理想に共感し、校舎の設計を引き受けたのでした。……ただ、そこに問題が。羽仁夫妻とライトが出会ったのは1921年の1月。開校は夫妻の三女が進学する4月を予定していましたから、設計・施工に許された期間はわずか2ヶ月強しかなかったのです。

さらに予算が限られていました。できるだけ安く、そして4月の開校に間に合うようにした上で、教育の理想を体現したようなデザインの校舎を作らなくてはならない……という、どう考えても無茶な建築計画です。

しかし、ライトはやってのけました。ひとまず教室ひとつ分を完成させ、無事4月15日にその教室で入学式を行ったのです。これを実現したのは、木造枠組壁構法の特徴である工期の早さと、施工した女良工務店の大工さん達の仕事によるところが大きかったでしょう。翌1922(大正11)年に中央棟が完成し、ある程度の格好がつくようになりました。全体の完成は、ライトが帰国した後の1925(大正15)年。ライト帰国後は、彼の原設計をもとにして遠藤新が手を加え、完成しています。この間、関東大震災が発生していますが、木造枠組壁構法の持つ高い耐震性が功を奏し、校舎に損傷はなく、生徒は救護活動に従事したそうです。

保存修復工事の際に明らかになったことですが、柱なども規格通りのものだけでなく、若干角の丸い間伐材なども用いていて、可能な限りコスト削減につとめていたことが判りました。帝国ホテルでは完成が遅れに遅れ、しかも予算は当初の6倍にまでふくれ上がることになった(これが原因になって建設途中で解任され、アメリカに帰ることになる)ライトですが、安く短期間に作ることもできるんですね。もっとも帝国ホテルの場合、国を代表するホテルということもあって、凝りに凝った設計を行ったせいですが……。

ところで、自由学園は生徒数がどんどん増え、この校地が手狭になってしまいます。校舎が全て完成した1925(大正15)年には、東京都東久留米市南沢に土地を取得して遠藤新設計の校舎群(この旧校舎をモチーフにしたデザインになっています)が建てられ、1934(昭和9)年に全面移転しました。移転後、このライト設計の校舎は「明日館」と名付けられ、以後は主に卒業生の事業活動に利用されてきました。

というところで、建物各所を見ていきましょう。

教室棟の外廊下。下は大谷石。左下にあるのは下足箱です。画面外右側に教室入り口があります。画面左側にある、行灯形の照明と、正面の窓のデザインが素敵ですね。

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昇降口。下に敷いている大谷石は、保存修復工事の際に取り替えられたものです。大谷石は加工しやすい反面柔らかいので、80年近い間に削れてしまい、でこぼこになってしまっていたそうです。右の壁側に、やはり下足箱が作り付けられていますね。

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入ってすぐの廊下。木でできた窓の桟の幾何学的デザインが特徴的です。この細かく幾何学的に区切った窓がデザイン上の特徴ですが、これにはデザイン的な要素だけでなく、予算上の理由もあります。予算が少なかったので、できる限り安上がりに、しかし質の高いデザインに……という両立の難しいことに挑んだ結果でした。外光を採り入れて、室内をなるべく明るくする為に、窓を大きくとる必要があったのですが、大きな板ガラスは大変高価だったので、サイズの小さいガラスを組み合わせ、ガラス代を安くあげつつ大きな窓を実現しているのです。小さいガラスであれば、割れた際も修理代が安くつきますしね。

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この廊下の左側にある教室に入ってみましょう。

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現在内部は集会やパーティーの施設としても使われているので、テーブルや椅子、そして照明器具は当時のものではありません。ただし、椅子については実際の教室で使われていた椅子のレプリカです。これら家具も、ライトと遠藤によるデザイン。

別の教室の窓から外廊下を眺めたところ。シルエットにすると、窓の桟が更に美しく見えますね。下にある細長い部分は網戸になっており、換気用に開けられるようになっています。

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廊下を進み、中央棟に行ってみましょう。わずかに階段を上ることで、フロアに立体的な展開がなされて、空間に飽きがこないようになっています。天井高が変わらないことにも注意して頂けるとありがたいですね。高さの変化をつけ、リズミカルな空間作りを行っているんですが、現在の感覚だと「バリアフリーに配慮してない」と言われてしまうかもしれません。

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階段を上ったところにあるトップライト(天窓)。極力外光を採り入れ、暗くならないように工夫されています。

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進んでいったところには礼拝用のホールがあるのですが、階段を上って中2階の位置にある食堂の方に行ってみましょう。自由学園は「自労自治」つまり、自分達のことは自分達自身の手でしましょう……という教育方針で運営されています。ということで、給食ではなく、生徒達自身の手で食事を作り、みんなで一緒に食べるというルールです。その為、共に学ぶという場として「食堂」という場所は非常に大事なもの、という位置づけになっており、ライトもその点に特に留意して設計を行っているんですね。

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天井の高い開放的な空間が広がります。やはり窓が多く、暗くならないように工夫されています。天井から釣られた照明器具のデザインも印象的ですね。

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さて、この照明ですが、設計当初はありませんでした。高い天井と大きな窓から外光が入るので、部屋の四隅に行灯形の照明があれば十分、と考えられていたようです。ところが、実際に施工してみて食堂ができあがってくると、開放的な空間を演出している高い天井が災いし、ちょっと間が抜けた「ガラーンとした空間」になっていることにライトは気付きました。頭上の空間をうまく演出する照明器具を付け足そうと考え、ライトはその場で図面を引き、この灯具をデザインした……というエピソードが残っています。とても間に合わせのデザインに見えませんけどね……。

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暖炉もあって、各学年の女学生達がテーブルを囲む空間を暖めます。右手前のテーブルは、創立当時から使われているオリジナルのもの。他のはレプリカです。このテーブルもコスト削減とデザイン性を両立させた、遠藤新によるデザイン。普通にデザインしたら予算の倍になってしまったので、コスト削減と洗練されたデザインの両立に知恵を絞り、規格品の板をただ切って、それをくさびのような部品で止めただけという、非常にシンプルきわまりない形になりました。しかし無駄を削ぎ落とした、今見ても古びないモダンデザインになってますね。椅子も同様なコンセプトでシンプルな部品構成になっています。

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左が創立当時からのオリジナル。右が現在使用されているレプリカです。大きさが違いますね。座る人の体格が向上したので、レプリカは一回り大きくしたそうです。……というか、大正時代の女学生(現代の中学生くらい)って、小さかったんですね……。

椅子だけでなく、当時の人々の体格に合わせて建物が作られているので、場所によっては天井の高さが現代人に合わない部分があります。

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これは中央棟地下の物置に降りる階段。現在そこはトイレも設置されているんですが、建築当初は、壁に延びる床材の木を見ればお判りの通り、灰色の部分が階段の床高さでした。このままの高さだと、天井の角に頭をぶつけてしまうので、保存修復工事の際、階段の床高さを低く掘り込んだそうです。

2階の部分から、吹き抜けになっているホールを見下ろします。大きな開口部の窓を持っていますが、やはり細かく幾何学的に区切られた桟により、ひとつひとつのガラスの大きさは抑えられています。デザインによって安普請に見えないのが素敵ですね。

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ところでここは、建物の維持管理の為、見学料400円ということになっているのですが、200円プラスすると喫茶付き見学となり、このホールで紅茶やコーヒーをお菓子とともに頂けるのです。

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レプリカではありますが、教室で使われていた椅子に座って紅茶とケーキ……放課後にお茶してる気分になりますね。ちなみに、月1回設定されている夜間見学日には、お酒付きの見学(1000円)もあります。

道を挟んだ反対側には、遠藤新が設計し1927(昭和2)年に完成した講堂もあり、こちらも重要文化財に指定されています。

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ライト設計の校舎とデザインを共通化させた空間が素敵です。

ちょっと住宅地の中に唐突に現れる印象ですが、ここだけ周りと時間の流れが違っているかのようなたたずまいは、本当に素晴らしいものです。結婚式やパーティーなども行えるので、利用してみてはいかがでしょうか。北アメリカ以外にライト作品が存在するのは日本だけなので、ぜひこの空間を堪能してください。


◆自由学園明日館
http://www.jiyu.jp/
■ライター紹介
【咲村 珠樹】

某ゲーム誌の編集を振り出しに、業界の片隅で活動する落ちこぼれライター。
人生のモットーは「息抜きの合間に人生」
そんな息抜きで得た、無駄に広範な趣味と知識が人生の重荷になってるかも!?
お仕事も随時募集中です。

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