海外旅行の定番ガイド『地球の歩き方』はどうやって生まれたのか

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 海外旅行に行くときのガイドブックの定番といったら『地球の歩き方』シリーズ(ダイヤモンド社/刊)だろう。
 そんな『地球の歩き方』を創刊した安松清氏、西川敏晴氏、藤田昭雄氏、後藤勇氏の4人への100時間に渡るインタビューと当時ライターをやっていた学生など「地球の歩き方」を育てた人たちの話を記録したのが『「地球の歩き方」の歩き方』(山口さやか、山口誠/著、新潮社/刊)だ。

 もともと『地球の歩き方』の発行元であるダイヤモンド・ビッグ社は、「ダイヤモンド就職ガイド」という就職情報誌を発行する会社だった。そして、そこには「ダイヤモンド・スチューデント友の会(DST)」という就職先を決めた学生が入社前に海外研修ツアーへ行くための会員組織があった。
 この組織を元に、1973年春、安松氏が「ホテルも添乗員もつけないで、ハタチの若者たちをヨーロッパへ連れてって、現地でおっぱなしてしまおう」という「自由旅行」を企画する。その約1年後の1974年春、ヨーロッパ自由旅行とアメリカ自由旅行を同時に決行することになり、学生たちの間で徐々に人気を集めていく。

 この頃、DSTの自由旅行の学生向け説明会で配っていた、自由旅行に参加した学生たちの「生の声」や旅のマニュアルを集めてまとめた旅行情報の小冊子が、後の『地球の歩き方』の原型となる。そして、1976年、それまで蓄積した旅のマニュアルや情報を再編集し、DSTの「自由旅行」参加者に無料で配布されたのが『地球の歩き方』だったのだ。
 さらに、DSTの自由旅行を学生たちにも売るために、1979年に『地球の歩き方』が市販化され、ヨーロッパ編、アメリカ編に続き、オーストラリア、中国、インド・・・といった具合に、今では100タイトルを超える、海外旅行の定番シリーズとなった。

 2009年で創刊30周年を迎えた『地球の歩き方』。
 それは、学生向けの旅の小冊子から、編集者、ライター、読者の力によって成長し、時代の流れやライバル社の出現に紆余曲折なりながら出来上がったものであり、「旅」が好きで「地球の歩き方」が大好きな人たちが作ったガイドブックだったのだ。
(新刊JP編集部/田中規裕)



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