台東区はお寺をねらえ!

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まずはじめに、先日はみちくさ学会発表会をご覧いただき誠にありがとうございました。また、大変雑駁且つ駆け足な発表によりお見苦しい点が多々あり、大変失礼いたしました。冒頭の画面で「旧地名」と表示されていたことから、そもそも旧町名と旧地名はどちらが正しいのかなどと考えてしまいました。また、私といたしましてはあまり人前で発表する機・・などと言い訳をする場ではございませんので、今回は、当日時間の都合上割愛した旧町名探しをする上でのポイントをご紹介いたします。これによって、いずれ迫り来るネタ切れを回避させていただこうという趣旨でございます。

ポイント:台東区はお寺をねらえ!


空き巣の指南をしているわけではないです。旧町名さがしの心得指南です。
台東区には寺院が多く、かなりの割合で旧町名が残っています。その事を念頭において、皆様におかれましては、寺院めぐりの際には入口を確認して見てください。

・下谷區金杉
下谷區は、浅草區とともに台東区の前身であります。また、金杉という名前も当時は根岸や入谷と並び、この辺りを称する様な位置付けの名称であったと考えられますが、今はありません。現在は東京メトロ日比谷線入谷駅あたりの「下谷」という町名に変わっています。

・台東区谷中上三崎北町
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上三崎南町の琺瑯看板は、ブラリストたちの間では常識となっているので割愛いたします。そのすぐ北側に上三崎北町があるのは当然でしょう。その寺院にもちろん残っています。谷中は旧町名以外にもブラリストにとってはパラダイスですね。

・浅草區南松山町
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浅草通りという、かつて都電が走っていたであろう的な大通りの向かい側には、北松山町という旧町名もあります。本来北と南が付くのであれば、隣接しているものが通常であるはずですが、この両松山町を分断する浅草通りが交通量の多さも相まって、地図上で見てとれる以上に大通り然としており、完全に別々の関連性の無い町同士という印象をうけました。北千住・南千住の間柄なんて生易しいものではなく、北アメリカ・南千住ぐらいのイメージをもっていただければ、実際に見たときのがっかり感がより促進されるでしょう。


今回お伝えしたポイントが、皆様が台東区内で旧町名をさがす際の一助となれば幸いです。ありがとうございました。



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