悪の巣窟“記者クラブ”があまり悪じゃない件について

写真拡大




今回はsoulwardenさんのブログ『ニセモノの良心』からご寄稿いただきました。

悪の巣窟“記者クラブ”があまり悪じゃない件について
記者クラブが、なんだか実情とかけ離れたショッカー並の悪の組織ぐらいに言われているのを、なんとなくウェブの片隅から修正。

・記者クラブって何?
公的機関等の各組織を継続取材している、メディアが構成している任意組織。

・多くの記者は記者クラブへの加盟社が増えることを望んでいる
記者クラブは、別に仲良しクラブではなく、仕事のクラブなので持ち回りで仕事がある。
1〜数か月単位で幹事社が回ってくる。
幹事の仕事は
A 先方との会見設定の調整
B 時間が限られている会見での代表質問
C クラブに入っていない媒体やジャーナリストに対しての窓口
D 連絡当番
この中で異様に面倒くさいのが、連絡当番。
特に地方の警察系に多い。例えば深夜の逮捕連絡等は幹事社にだけ連絡が入る(クラブで携帯電話を所有してそこに連絡が入るケースが多い)ので、そこから全員に連絡をまわす必要がある。しかも当然ながら事件事故の大きさを警察は判断せずに(当たり前だが判断されても困る)全部が全部伝えてくるので、一晩中電話なりっぱなしとかになる。
あと、先方との折衝も結構面倒くさい。
つまり頭数が増えたら、自分の仕事が減るし、経費も下がる。会費も助かる。
「ずっといてくれるのだったら、いつでも大歓迎」って今回話をうかがった東京在住の記者の人の言葉。

・にも関わらず入会できない人達の存在
端的に言うと、2点の理由。
・1つめ。いなくなってしまうから仕事が任せられない。
話題の現場にだけ大挙して押し寄せ、一段落つくといなくなってしまう現象が起きる。
それでは電話当番とかの仕事が振れないし、ぶっちゃけ言うと開放を叫ぶ人も、負担は背負いたくないわけで。
・2つめ。報道倫理遵守規程。
例えば誘拐事件等で報道協定が結ばれることがある。それを守ることができる人もしくは組織か。それが問われたとき、潮が引くようにいなくなりがちな人がどこまで信頼できるか問題。
例として金融庁の記者クラブ。記者クラブ開放を詰め寄られた結果、記者クラブ向けとその他のジャーナリスト向けの会見の2回ぶん開くというわけのわからないことをしていた金融庁では、その後会見は統一されたものの(つまり、フリージャーナリストの言い分が認められた)、フリージャーナリストたちはその途端に来なくなったそうな。
「俺達にも会見開放しろ!」と言ってそれが実現したら、そのとたん来なくなって、別のところで「会見開放しろ」ってのを続けてたら間違いなく会見の内容はどうでもいいだろうと思われるわな。
いまでも、いろんなところで会見内容とは全く関係ない「既存マスコミについて」聞いて回ってるんだから(しかも記者クラブが骨を折って調整開催した会見とかで)、報道対象より自分の興味を優先させる程度の報道倫理って思われても仕方ない面もある。

・外国人記者排斥してるじゃん
ロイターの方のツイート参照。

官邸記者会見に海外メディアは排除されていると言うが、うちは普通に出られるのだが。私も何度も出てるし。ジャーナリストと名乗る人が誤った情報を流すのは同業として残念でならない。

志田義寧氏のツイート
http://twitter.com/#!/y_shida/status/48694672725516288

・長野県は脱記者クラブ宣言したよね?
そしたら田中知事のファンみたいな人まで来るようになり、まともな質問が出なくなってしまった。
ちなみにいまの原発記者会見もそうなりかけてる。

・自由報道協会が記者クラブなくしてくれるさ!
協会の参加基準(暫定)
1.当会の主催する記者会見に参加する人はすべて、“取材”“報道”を目的とし、個人資格で参加する。
2.会場の安全性と物理的容量を考慮しながら、当面は、設立準備会の構成メンバーが推薦し全体で承認された人を第一優先とする。
3.会場の安全性と物理的容量を十分に検討した上で、設立準備会の構成メンバーの推薦がなく参加を認める場合は、これまでいわゆる“記者クラブ”が主催した記者会見に参加する事のできなかった人を、第二優先とする。
4.さらに参加基準を緩和する場合、その会見を担当する事務局メンバーによる判断で、会場の安全性と物理的容量を十分に検討した上で、身分証などいくつかの安全上の保証を確認し、会見場への参加を案内する。
5.会見に参加した取材者は、安全上の物理的制約(こちらが定めた指定場所以外の侵入等)など一定のルール・マナーを守っていただくことを前提として、取材する内容などについて制限をされる事はしない。

……うん、ただの第二記者クラブだね。

そもそもニュースは
・事実
・解説
の2点からなる。
事実を細分化すれば
・広報したい事実
・どっちでもいい事実(知られても痛くない事実)
・隠したい事実
となる。
このうち“取材対象が広報したい事実”については、新媒体が発達したいまでは、そこまで重要性はなくなっていきつつある。
(ホームページやブログや『Twitter』で勝手に好きに流すさ)
もっと言えば、いずれ知られる“どっちでもいい事実”に対しての“特ダネ抜いた抜かれた”には価値はなくなってきている。
後追い報道で、どこの特ダネだったか視聴者や読者からすればよくわからないし、2時間早く知らせることでじゃあ何の意味があるのだろうとか。

つまり今後記者が必要になるのは
・取材先が知られたくない事実を知る
・解説
の点。
……ということは、いずれも記者クラブではでてこない情報(よっぽどすごい質問じゃない限り)なので、開放したところで何か変わるわけでもあるまい……と僕は思っている。
ただ、記者クラブがなくなると、“どっちでもいい事実”の開示において取材対象のコントロールできる面が増えてしまい、取材先とずぶずぶになり、“隠したい事実”が遠ざかる可能性もある。

なので“事実ベースの共有”という意味合いで、記者クラブ開放、結構なことだとは思う。

あとは、その開放に伴う義務と報道倫理がついてくれば。

追記:連絡当番の話でひたすら「Webでいいじゃん」とか言ってる人がいるけど、セキュリティ問題と、情報流入の手間が問題なのに出力側の手間の問題とすり替えているのと、じゃあお前は夜間のメールに全部確実に起床できてかつ対応できるのかという目覚まし時計問題がクリアできない。

執筆: この記事はsoulwardenさんのブログ『ニセモノの良心』からご寄稿いただきました。

■関連記事
記者会見オープン化って何? “自由報道協会”主催の小沢一郎会見に参加して思ったこと
「新聞をスルーしやがって」と怒る前にジャーナリズムならやるべきことがある
「記者クラブのつくった不当な制限と戦い続ける」畠山理仁さんインタビュー最終回
「2011年、いよいよネットが表(おもて)メディアと認知される」ジャーナリスト井上トシユキ氏が語る「今年ネットで起きること」
『Twitter』の自浄作用について