『T京マンガ』座談会(4/5)「マンガ学科は本気な人のためになっている?」

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【漫画座談会について】漫画に関係するゲストを迎えながらTwitterやメールなどを活用して座談会を不定期におこなってます。前回の漫画座談会はこちらからどうぞ。(企画:深水英一郎、編集サポート:古街、ニコラシカ)


●参加者
喜多野土竜:元編集者・漫画原作者
一色登希彦:漫画家。「日本沈没」「モーティヴ」「ダービージョッキー」等
スチームトム:新人漫画家。社会人生活を続けていたが、2010年に突如仕事を辞め独立。ゼロから漫画家の道をスタートしたばかり。この座談会の進行役
タマ:漫画家志望の学生
とと:漫画家志望の学生
岡本健三郎:原作者志望の大学院生(新人賞受賞歴有、博士後期課程)

●『T京マンガ』座談会(4/5)「マンガ学科は本気な人のためになっている?」

質問4
マンガ学科は、本気でマンガ家を目指している人のためになっていると思いますか?


たま:
教員の何人かは、受け持っている生徒に本気でプロのマンガ家になってほしいと考え、個々に対応していると感じます。しかし学科全体で見てみるとそうは思えません。新設の学科だからという理由を差し引いても、カリキュラムの構成の粗雑さや実技面の指導力不足が目立つことは否めません。

スチームトム:
え? 個別指導があるんですか? それだけあれば、育つ環境としては十分な気がしますよ。

タマ:
学科の性質上生徒数は多くないため、空いてる時間に個人的な相談にのってくれるという感じなので、個別指導と言ってよいのかはわかりかねます(笑)。

とと:
ですね、個別指導というものではない感じがします。

喜多野:
自分が教えていた時も、やる気がある生徒は研究室までネームを持ってきていたので、できるアドバイスはしていましたよ。例のマンガにも、教授や講師に相談するシーンがありますが、あれぐらいはみんなやってくれてるということでは? 3年になればゼミもあるはずですしね。ゼミだと実質少人数の個別指導という形になりますかね。

とと:
それも個人差ですが、施設の設備に関してはマンガを描く人間にとって快適な場所であるには違いないと思います。私の場合は往復4時間かかるのでとても毎日のように充分に活用している時間がないので微妙なところではありますが。

喜多野:
マンガ学科というのは、大学からしたら美味しい部分があると思いますよ。これが映像学科とかなら、それなりの機材や設備投資が必要になりますけども、マンガ学科だと必要な備品はライトボックスとか製図用具とか少ないですから。工業学科とかあると流用できる設備や備品も多いはずです。今ならまだマンガ学科を開設している大学の数も少ないですし、マンガ家志望者はけっこう多いですから、比較的生徒も集まるはず。生徒の方も、専門学校より大学のほうが高尚っぽいと思うのかな?

スチームトム:
あ、でも機材費は学費として徴収されますけどね。

喜多野:
思うんですが、芸術系の大学って、学費が高いですよね? 入学時最小限納入金額で調べると、慶応大学の法学部とか文学部でも85万円前後です。ところが都内の私立美術大学だと、90万から110万円ぐらいがザラ。早稲田や慶応より高い学費を払って、そのリターンがどの程度かと考えると、生徒にはもっと必死になってほしいなぁと思います。自分が親なら、せめて教職とか図書館司書とか取れる資格はできるだけとっておいて欲しいところです。

とと:
ただ、現時点で指導に関してはためになっているとはあまり思えません。新設されたばかりといっても、やる気がある人間が日ごとにやる気なくしていくような教員とカリキュラムから作られる“空気”みたいなものを感じます。

喜多野:
マンガなんて簡単なもんだから、有名なマンガ家と、あとはマンガ研究家とかで何冊か本を出してる人間をそろえておけば、生徒が自動的に育って、簡単にデビューして、大学の宣伝になるぐらいに考えていそうですね。でも、そこがまず間違っていると思いますよ。

マンガ家でもアシスタントを育てた実績があるマンガ家は、非常に偏りますからね。その育てたアシスタントというのも、基本的に編集部に投稿した作品の中で最終選考に残るレベルの人間。最初から素材が違う。100本の投稿作があったら、最終選考に残る10人ですよね。ところが大学にくるのは、一次選考や二次選考で落とされる人間ばかりですから。

マンガ家でさえも明確にアシスタントを育てるメソッドを持ってる人は一握りなのに、適当に教員とカリキュラムそろえても生徒が育つはずがないです。自分は編集時代の10年間に20人ほどのデビューに関わっていますが、そのためには100人以上の投稿者に声をかけて、プロットを見てネームをたたいて、試行錯誤しながらノウハウを蓄積していきました。それでもなお、育てるメソッド確立は難しいです。

岡本:
自分はマンガ学科に所属したことがないのでよく分からないのですが、きっとためになっていると信じたいところです。自分は妹とコンビで高校時代から投稿を繰り返していましたが、コマ割りやデッサン等の知識は一切なく、見様見真似でした。そういった基本的な技術が学べることは本来望ましいことだと思うのですが。

喜多野:
自分が尊敬するマンガ家さんたちは、自分が大学や専門学校で教えると聞いたとき、たいがいが「大学でマンガを学ぼうって考え自体が間違っていると思う」といいました。だって、自分たちは独学でデビューしたよ、と。プロの作品を読んで、じっくり観察して、試行錯誤すれば自然と理解できるはずだし、それを理解できないのはそもそも、マンガ家に絶対必要な感性がないんじゃないか……と。

中島らもさんがエッセイで、カルチャースクールなどの小説の書き方教室とかを批判していて、そんなもん教えられなくても漱石なり鴎外の作品を読めば、自分には一生こんな物は書けないと気づくはずだし、そこで自分に書けるものは何かを模索していけば、自分の身の丈に合った形で理解できるという意味のことを語っていました。それに近いのではないでしょうか。

厳しい言い方ですが、一面の真理ではあります。逆に言えば、本来試行錯誤して身につけるべきところを大学でまとめて教えてもらえるんだから、四年間を怠惰に過ごして、挙句に泣き言かよ……という怒りが、例のマンガを読むと生まれるのかも。あれはメタ視点で書いてるんですけれども、そこが非常に上手く描けてる。

スチームトム:
僕は学び方には個人差があって、どんなスタイルでもいいと思うんですよね。独学じゃなきゃ駄目なんてことはないと思います。
でも、各々が能動的に自分の学ぶスタイルを築くことが重要だと思ってます。

喜多野:
そうですね。教えられるにしても、最後に選択するのは自分ですからね。

スチームトム:
文章読解能力が乏しくて、本を読んだだけでは筆者が何を言いたいかわからない少年がいたとする。少年は自分の言葉だけでは理解できないので、誰かに文章をかみ砕いてもらわないと理解ができない。
そうなると文章を読んだ感想やあらすじ、概要が少年にとってわかりやすいものだと感じる。少年は本を読まずに概要を理解することに、人にかいつまんで説明してもらうことに慣れてしまう。
普通は子どもの頃に読解能力の乏しさが語彙の少なさにあることに気付いて辞書を読んで読解能力を養うと思うのですが、この少年は自身の語彙の少なさに気づけなかった。だから本を読むことが困難だけど、それを個性と決めて本を読むことを諦めてしまう。
こうして少年が人から教えてもらうことだけが情報収集源になると、リソースによって情報が偏ってしまう。なので少年は複数のリソースから情報を収集することにする。リソースの情報が偏るとリソースの数を増やした。

喜多野:
一種の攻略本文化ですね。攻略本や解説本それ自体は、エンターテイメントを享受する側の問題ですから、面白いポイントをあらかじめダイジェストしてくれると、かなり便利です。どうしてもわからないものは、正解を教えてもらうことで、世界の全体像が見えるという喜びはある。小説や映画の解説本も本質は同じですよね。

スチームトム:
こうしているうちに、少年は情報の原点から情報を収集することが情報を得る一番の近道であることに気付く。そして少年は辞書を持って情報源から情報を得る方法へと変えた。

ちなみにその少年とは私です。
教えられないと勉強できない人もいるでしょう。本を読みたくない人もいるでしょう。そんなうちはまだ情報と向き合っていないのだと思います。だからマンガ学科で何も考えずに垂れ流しに受講していても、いいんじゃないかと思ってます。人は欲しいものを手に入れようと思う瞬間に変わりますから。

喜多野:
う〜ん……身につまされますねぇ……。マンガ家(に限りませんが)は、エンターテイメントを提供する側ですから、苦しかろうが辛かろうが、答えは自分で探し出すしかないし、それが正解か間違いかは、出してみないとわからない。いや、出してみてもわからないことが多いです。

そういうアヤフヤな物が創作ですから難しいし、狭き門になって当然です。小林よしのり先生でしたか、あの作家は売れ線狙いとか安易にいうけれど、売れ線なんてものがあるなら教えてくれよ……と。何本もヒット作を出してる作家にしてからがそうですから、大学でヒット作の作り方なんて学べると思う方がおかしいですね。

岡本:
もちろん、独学で“なければならない”とは自分も思いません。独学だとどうしても根本的な部分が抜けたりする危険性もありますから。その一方で教えられるのと独学で試行錯誤するのとでは獲得したものの定着度が違うのも確かです。その辺の長所短所みたいな部分をしっかり理解して授業にのぞめば、よりその人にとってためになるのではないでしょうか。

喜多野:
戦後マンガ家第一世代の方々は「独学せざるを得なかった」というのが本音でしょうね。映画とか芝居とか落語に講談、参考にできそうなものはなんでも貪欲に取り入れ、試行錯誤するしかなかった……というのはあるでしょう。学ぶことの意味を、気づけるかどうかが重要ってことですね。

スチームトム:
マンガはもともとは貸本ですよね? あと紙芝居の発展形からの派生もあったとかなかったとか。

喜多野:
水木しげる先生は確か、紙芝居が作家生活のスタートですよね。大学の時の恩師が言っていたのですが、先駆者というのは意外と前世代のものを引きずっているし、先駆者という意識もない場合が多い、と。マンガもアニメもゲームも、何もないところから生まれたわけではなく、先行する文化の鬼っ子として生まれているわけで。

梶原一騎先生は佐藤紅緑先生のような小説家になりたかったのに、いろんな挫折があってマンガ原作者になったわけですが、作品のベースにあるのが吉川英治先生の『宮本武蔵』だったのは周知の事実。その梶原先生の影響を受けた世代は、梶原的なものを洗練させたけれども、それは逆に前世代の残り香を消してしまう作業ですから。

洗練は同時に、根源的なパワーを希釈する部分もあります。そこを希釈させずに重要な部分を後代に伝える装置というのが、実は徒弟制度ではないかと自分は思っているんですけどね。

(つづく)




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