浜岡原発停止はなぜ「要請」だったのか?

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※この原稿は、政策工房発行「政策工房ニューズレター」より転載させていただきました。

1、浜岡原発停止はなぜ「要請」だったのか

 菅総理が6日、突如発表した「浜岡原発全面停止要請」は、中部電力が9日に受入れを表明。いちおう決着したかのように見えるが、電力不足問題の拡大、他の原発への波及可能性など、問題はまだ山積みだ。

 また、政府が「浜岡は危険であり停止すべき」と言いながら、「停止要請」にとどまり、判断は中部電力に委ねたことも波紋を呼んだ。

「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)では、原発を設置する事業者に対し、
○原子炉を設置する際の許可
○使用前検査(技術上の基準適合が求められる)
○毎年1回の定期検査(技術上の基準適合が求められる)
などの規制を設けている。
技術上の基準などへの違反が明らかになった場合には、「使用停止命令」の規定(36条)もある。

 だが、浜岡のケースでは、基準違反があったわけではなく、国の定めた基準にはすべて適合。「それでも、政府として改めて考え直すに、現状では対策が不十分だった」という理由だったため、法令上の「使用停止命令」は発動できず、「要請」しかできなかったわけだ。

 言うまでもないことながら、「従来の原子炉等規制法に基づく規制(技術上の基準など)が不十分だった」ことは、今や明白である。
 その中で、「問題があったのは福島と浜岡だけで、ほかは大丈夫」とだけ言われても、納得感はない。「本来、適用されているべきだった基準」を示し、すべての原発を対象に、基準適合状況を明らかにすることが筋ではないか。
 さらに、その基準に適合しない場合に「使用停止命令」を発動できるような立法措置も検討すべきであろう。

2、原発賠償で国民負担論がでてくるのはなぜか?

 原発賠償問題について、新聞報道では、「新たな機構を設けて、他の電力各社にも負担。電力料金値上げにより負担」などといった政府のプランが報じられている。
 本来責任ある者の責任が十分に問われないまま、いきなり「国民負担、電力料金値上げ」といった議論が出てくるのは、いかにもおかしいが、「東電をつぶれたら大変なことになる」という前提で、「東電を守る」ことが目的化しているためだ。

 ちなみに、「原子力損害の賠償に関する法律」では、
○原子力事業者の無過失・無限責任(第3条)を定める一方で、
○「必要があると認めるときは、・・(政府が)必要な援助」(第16条)と規定している。

 立法当時の議事録をみると、「16条は、『原子力事業者が破産するまで、政府は援助しない』という意味ではないと理解してよいか?」との質問に対して、当時の中曽根国務大臣は「ご趣旨のとおり、『原子力事業の健全な発達』が法案の目的であり、・・・会社が壊滅的な打撃を受けて原子力事業が発達できないような措置を、この16条で期待しているものではない」と答弁している(昭和35年5月18日衆議院科学技術振興対策特別委)。現下の「電力会社を守る」論は、実は、立法当時からなされていたわけだ。

 だが、昭和30年代当時と比べ、現時点では、企業再生の法制度や実例も重ねられ、また、海外では、地域独占型の電力供給から発送電分離・分散型の電力供給への転換も進んでいる。昭和30年代と同じような発想で、「東電を守る」ことを大前提にしなければならない理由はもはやないだろう。

※この原稿は、政策工房発行「政策工房ニューズレター」より転載させていただきました。ありがとうございます。