『ちきゅう』陰謀説のバカさ加減

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今回は山本弘さんから、ブログ『山本弘のSF秘密基地BLOG』の記事を元に加筆した原稿をご寄稿いただきました。

『ちきゅう』陰謀説のバカさ加減
ちょっと想像してみてほしい。
あなたが何も悪いことをしていないのに、ある日突然、ネットで悪評を立てられたら。それもただの悪口ではなく、「あいつは大量虐殺者だ」というおぞましいことを、何十人何百人もの人間が真剣に主張していたら?
そんな恐ろしいことが、今、この日本で現実に起きている。

『ちきゅう』は2005年7月に完成、JAMSTEC(海洋研究開発機構)が運用している地球深部探査船である。水深3000メートルの海底から7000メートルの深さまで掘削できる性能を有しており、地球内部の解明を目的とする国際プロジェクト、IODP(統合国際深海掘削計画)の主力船の一隻として調査活動を行なっている。

『ちきゅう』公式サイト
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/index.html

ところが、東日本大震災の直後、この船に陰謀論者たちが目をつけた。
この船は地下10キロまで穴を掘れる。今度の地震も、震源の深さは地下10キロだった。この船が穴を掘って原爆を仕掛け、地震を起こしたのだ!――というのだ。
僕が最初に気づいたのはこのブログ。書かれたのは3月20日である。


私が不思議に思っていたのは、この地震の生じた時に、掘削船地球がどうしてそんな危ない所にいたのかということである。その理由は分からなかったが、どういうわけか、ちきゅうはかなり地震に近い場所にいた。なぜだろうか? そういえば、NZのクライストチャーチの大地震でも地球掘削プロジェクトが存在した。偶然の一致だろうか?

「「井口和基 デマ」、1980年生31歳、工学修士?:何このデマ?」2011年03月20日『Kazumoto Iguchi's blog』
http://quasimoto.exblog.jp/14462938/

『ちきゅう』は3月11日、青森県八戸港に停泊中であった。震災が発生した時、ちょうど八戸市立中居林小学校の児童48人が見学のために乗船していた。船は大津波による被害を避けるため、急遽、児童を乗せたまま離岸した。
『日経サイエンス』2011年6月号の記事によれば、

津波は『ちきゅう』が港内から出る前にやってきた。ブリッジでは操船に全力が注がれたが、全長約200m、総トン数約6万トンの巨大な船体が狭い港内で大きく回転、船尾の推進装置一基が岸壁にぶつかり、脱落した。

とある。

『ちきゅう』は丸一日、漂流を続けたが、48人の児童は、翌12日の午後1時半すぎ、海上自衛隊のヘリで救助されている。

「探査船見学の児童48人、海自ヘリで無事救助」2011年3月12日『読売新聞』
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110312-OYT1T00581.htm
「「ちきゅう」船内泊の小学生らヘリで救助」2011年3月12日『デーリー東北』
http://cgi.daily-tohoku.co.jp/cgi-bin/news/2011/03/13/new1103131603.htm

地図で見れば分かるが、今回の震災の震源地は宮城県沖で、八戸から200キロ以上離れている。つまり地震が起きた時、『ちきゅう』は「かなり地震に近い場所」になどいなかったのだ。
ちなみに『ちきゅう』は3月15日から、八戸沖80キロの海域で、「深部石炭に支えられた海底下炭化水素循環と生命活動」を研究テーマに、海底から2200メートルまで掘り進む計画だった。だが、震災で船体を損傷したため、掘削計画は中止されている。*1

*1:「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」『「ちきゅう」情報発見サイト 地球発見』
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/Expedition/exp337.html

今回、48人の児童が乗船していたことでも分かるように、『ちきゅう』は見学会や乗船体験を頻繁に受けつけており、大変にオープンな体制である。少し検索するだけで、これまで日本各地で行なわれた見学会の模様がヒットする。

・横浜
「「ちきゅう」見学」『山賀 進のWeb site』
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/chikyu-kengaku.htm
・大阪
「地球深部探査船「ちきゅう」見学」2006年06月19日『京都大学大学院工学研究科 環境資源システム工学講座』
http://earth.kumst.kyoto-u.ac.jp/CHIKYU.html
・神戸
「地球深部探査船「ちきゅう」見学」2006年06月13日『蒼き清浄なる海のために』
http://blog.zaq.ne.jp/blueocean/article/49/
・長崎
「2004年9月9日−10日 三菱重工長崎造船所 地球深部探査船「ちきゅう」見学」『林の頁』
http://www.asahi-net.or.jp/~zq9j-hys/040909chikyu.htm
・沖縄
「地球深部探査船「ちきゅう」見学での写真」2010年10月14日『FROMのBLOG』
http://form0915.blog99.fc2.com/blog-entry-86.html

これらを見れば、『ちきゅう』は一般人も気軽に見学ができて、自由に撮影もできるということがお分かりだろう。
もちろんテレビの取材も何度も入っているし、映画『日本沈没』(2006年)の撮影に使われたこともある。多くの人の注目を集めている中、こっそりと宮城沖に出かけていって穴を掘るなど、とても無理なのである。

さらに言うと、東日本大震災の震源の深さは“10キロ”ではなく24キロである。つまり、『ちきゅう』の掘削能力の限界を2倍以上も超えているのだ。
実は震災の発生直後、震源の深さが“10キロ”と発表されたことがある。それはすぐに修正されたのだが、陰謀論者の多くは、いまだに「震源の深さは10キロ」と信じているのだ。
今回の震災に限ったことではなく、地震の第一報が発せられた時、現地の気象台はまだその全貌を把握しておらず、とりあえず“10キロ”とか“20キロ”というキリのいい推定値を発表することが多いのだ。2008年の四川大地震も、2010年のハイチ地震も、当初の速報では、震源の深さは“10キロ”と発表されていた。しかし、データが集まってきて正しい震源の深さが分かってくると“19キロ”“13キロ”に訂正されている。

しかも『ちきゅう』の掘削能力が7000メートルというのは公称であり、まだそこまで深く掘ったことは一度もない。
『ちきゅう』公式サイトによれば、『ちきゅう』の2000〜3000mの深海での掘削能力は1日に70メートルだそうである。*2

*2:「ちきゅうQ&A」『「ちきゅう」情報発見サイト 地球発見』
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/QandA/archives.html

じゃあ、100日で7000メートル掘れるのか? そんなことはない。深く掘るほど地中の圧力が高まるので、掘削は困難になる。実際は7000メートルを掘ろうとすると、1年半から2年かかると言われている。24キロも掘ろうとしたら(掘れると仮定しての話だが)何十年かかるか分からない。
ちなみに、これまで掘られた縦穴の深さの世界記録は、旧ソ連の“コラ半島超深度掘削坑”である。1970年から19年間かけて1万2261メートル掘ったという。
ドイツで行なわれた、KTB(ドイツ大陸科学掘削計画)では、まず1987年9月から1年半かけて4000メートルのパイロットホールを掘り、次に1990年から4年かけて9101メートルを掘ったという。かかった費用は5億2800万マルク(422億円)。
陰謀論者の中には、1995年の阪神淡路大震災も、核爆弾による人工地震だと主張する者がいる。当時、ベクテル社が明石海峡大橋のボーリング工事を行なっていた。この工事に偽装して地中に核爆弾を仕掛けたに違いない……というのだ。
明石海峡大橋の工事が開始されたのは1988年。KTBと同時期である。阪神淡路大震災の震源の深さは16キロ。陰謀論者の説によれば、ベクテル社はKTBどころか世界記録のコラ半島超深度掘削坑をも上回る深さの穴を、誰にも気づかれずにこっそり掘ったことになる!
さらに言うと、阪神淡路大震災の震源は、明石海峡大橋から2キロも離れている。

『ちきゅう』陰謀説にさらに油を注いだのが、911陰謀論者リチャード・コシミズ(ワールドトレードセンターは“純粋水爆”で爆破されたと主張している人物)の4月18日のブログだ。*3

*3:「大量虐殺兵器搭載の艦船、「ちきゅう」関係者の証言「人工地震等を発生させその地震波を測定する装置。」 」2011年04月18日『richardkoshimizu's blog』
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201104/article_122.html

「大量虐殺兵器搭載の艦船、『ちきゅう』関係者の証言」というひどい題で、こんな動画が紹介されたのだ。

「Deep Sea Drilling Vessel CHIKYU Expedition 314-02」『YouTube』
http://www.youtube.com/watch?v=Ca9jnd5iJr4

この動画の中で、『ちきゅう』の掘削操業監督がLWD(Logging While Drilling)というものを紹介している。ドリルパイプの先端近くに各種のセンサーを搭載し、掘削作業と同時に地層の性質を計測するという技術だ。
その動画の2分あたりのところで、こんな発言がある。

「その他、人工地震等を発生させまして、その地震波を測定するための装置です」

さあ、これに陰謀論者たちが飛びついた。『ちきゅう』関係者が人工地震を起こしたと認めたぞ! やっぱり陰謀はあったのだ!
このブログはたちまちコピペされて広まった。検索してみると、実に多くのブログやサイトや掲示板がヒットする。
しかし、彼らの誰一人として、この“人工地震”がどういうものなのか検索してみようとはしなかったようだ。
この人工地震は『ちきゅう』が起こしているものではない。上記画像のように、海洋調査船『かいれい』が曳航(えいこう)しているエアガン(高圧の空気を放出することで大きな音を発生させる装置)から発した音波を海底にぶつけ、地層の境界面で反射してきた波を『ちきゅう』が海底に埋めた地震計で検知し、地層の構造を探るというものなのだ。

【参考サイト】
「ライザー掘削の成功が切り開いた、新たな可能性」『「ちきゅう」情報発見サイト 地球発見』
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/special/201003_1.html
「MCS調査仕様&調査一覧」『地殻構造探査データベースサイト』
http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/IFREE_center/data/MCS_all.html
「地球科学科の設備紹介」『富山大学地球科学科』
http://www.sci.u-toyama.ac.jp/earth/facility_old/facility_old.html
「MCS/SCS:反射法のしくみ」『日本海洋事業株式会社』
http://www.nmeweb.jp/duties_tectonic_mcs2.html

これは反射法地震探査と呼ばれており、以前から海底の地質調査に使われているものである。このエアガンの発する音波が“人工地震”と呼ばれているのだ。
一回に放出される圧搾空気は最大24リットル。当然、その音のエネルギーは、東日本大震災のエネルギー(TNT爆薬に換算して4億8000万トン)とは比べものにならない。

ちなみに人類が作り出した最大の威力の核爆弾は、旧ソ連が1961年に実験したツァーリ・ボンバで、その破壊力はTNT換算で50メガトン(5000万トン)だった。爆弾は全長8メートル、直径2メートルもあった。こんなすごい爆弾でさえ、東日本大震災のエネルギーに及ばないのだ。
一方、『ちきゅう』が掘削に用いるライザーパイプは、内径が50cmしかない。これではツァーリ・ボンバどころか、小規模な数百キロトン程度の核爆弾しか通せない。

上の『YouTube』のコメント欄を見ると、エアガンだと説明されてもなお、「エアガンではなくて純粋水爆で人工地震を起こしたらどうなると思いますか?」などと言い張っている者がいる。震源の深さの件もそうだが、彼らは正しい情報を耳にする気がまったくないらしい。
『ちきゅう』はこれまで、紀伊半島沖の熊野灘において、南海トラフ地震発生帯の調査などを行なっている。つまり地震予知につながる研究をやっているのだ。
そして、先に述べたように、震災発生時には、適切な行動によって大勢の児童の命を救っている。
そんな人たちが、何の証拠なしに、「大地震を起こして何万人も虐殺した」と非難されているのだ。

無知であること自体は罪ではない。分からないことがあれば調べればいいことだ。だが、陰謀論者たちはすぐに分かることを調べもせず、無知と怠慢を元に、妄想を膨らませ、あげくに無実の人間を大量虐殺者だと非難するのだ。
陰謀論者には知識だけではなく、モラルが欠如している。彼らは自分のやっていることが邪悪な行為であることを理解できないのだ。

※画像は『「ちきゅう」情報発見サイト 地球発見』より引用

執筆: この記事は山本弘さんから、ブログ『山本弘のSF秘密基地BLOG』の記事を元に加筆した原稿からご寄稿いただきました。
※リンク先は加筆前のブログ記事になります。

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