ユッケ食中毒事件−その事前規制と事後規制−

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今回は山口利昭さんのブログ『ビジネス法務の部屋』からご寄稿いただきました。

ユッケ食中毒事件−その事前規制と事後規制−
3日前に広報コンプライアンスの視点から雑感を述べておりましたが *1、あれからまた株式会社フーズフォーラス(以下、FF社)運営にかかる系列店でユッケを食された方の犠牲者が増え、相当深刻な事態となっております。予想通りマスコミの報道は混迷を極めており、なにゆえここまで大きな事件となってしまったのか、その責任や原因が特定できないため、加害者としてのターゲットが見つからない状況が続いております。FF社の代表者は犠牲者が出た時点で直ちに、ご遺族のもとへ謝罪に出向き(お父様は謝罪を拒絶されましたが)、4人目の犠牲者が出た時点の記者会見では土下座をして今後の精一杯の補償を誓いました。

*1:「広報コンプライアンス−焼き肉チェーン食中毒事件のケース」2011年05月03日『ビジネス法務の部屋』
http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/2011/05/post-7029.html

事後規制としての“業務上過失致死”の立件ですが、誰のどのような行為によって今回の痛ましい事件が発生したのか、食中毒事件の証拠はあっという間に散逸してしまって因果関係の立証が困難になりますので、当局としては強制捜査(身柄というよりも証拠確保のため)に乗り出す可能性はあるのではないかと思われます(追記:6日午前のニュースでは強制捜査の方針とのこと)。

そして前回のエントリーの最後で懸念しておりました“事前規制”、つまり食品衛生法改正ですが、本日あたりの報道内容からしますと、厚労省は今回の事件を機に、食品衛生法の衛生基準を満たさない生肉の流通販売に罰則規定を設け、合わせて抜き打ち検査も行うよう行政規制を厳格にすることを決めたそうであります。つまり、特定の誰かを厳罰処分として事件を終結させるだけでは不十分であり、二度と同様の事件が発生しないよう、抜本的な方針で臨むということです。

フグの食中毒で死亡された方のご遺族が自治体(国や兵庫県)を相手取って国賠訴訟を提起された事件の判決(昭和55年3月14日大阪高裁判決 判例時報969号55頁)におきまして、原告はフグの肝の流通販売を行政で禁止するのではなく、行政指導で対応していたことに過失がある、と主張したのですが、裁判所はこの主張を棄却して原告敗訴となっております。そのときの裁判所の判断理由では、フグのように高価なもので、これを食する消費者は限られており、なおかつフグの肝が危険であることは、消費者は十分に認知している、また流通販売においてフグを取り扱う業者は認可もしくは届出制とされており、自主的な規律が期待しうる、したがってこのような食品については現行の食品衛生法の弾力的運用(つまり検査の厳格化や行政指導など)によるか、行政取締(罰則や販売流通の禁止)によるかは行政の裁量にゆだねられている、しかしそれ以外の食品については、国民の安全を確保するために行政取締をしない、という場合には国の不作為が違法行為と評価される場合がありうる(国賠法1条1項)、と明示されております。

フグの場合と異なり、ユッケというのは、本事件の販売価格をみてもわかるとおり、多くの国民に提供される商品であり、また消費者がフグほどの“命の危険性”を感じながら食するものではないと思われます。そうしますと、上記昭和55年の大阪高裁判決を前提とするならば、ユッケについて食品衛生法上の取締りに行政裁量の範囲は狭く、これを事前規制として厳格に規制しなければ国の違法性が問われることになるのではないかと。このように現実に事故が発生するとなれば、もはや行政が規制強化に乗り出さないのは“不作為による過失”に該当するのではないかと。こう考えますと、今回の厚労省の素早い対応も、当然のことのように思われます。また、規制の厳格化によって、事後規制(業務上過失致死罪)の立件も容易になります。

ユッケは出しません、とするお店も実際にはあるそうですが、そのようなお店は消費者から「あの店は古い肉を使っているから、メニューにユッケがない」との風評が立つそうです(むずかしいですね……)。事前規制によってユッケが食べられなくなる、ということではなく、今後は馬肉(馬刺し)流通の現状基準に沿った形の運用になるのではないでしょうか。生肉による提供に関する運用基準に合致したもの(生食用)は消費者に提供されることになるでしょうけど、維持管理に非常に大きな負担を要しますので、ユッケだけが非常に高価なものとして提供される、ということになるのではないかと。

ただ、事前規制が厳格化されると、今度はまた別のコンプライアンス上の悩ましい課題が発生します。これはまた別の機会に。

執筆: この記事は山口利昭さんのブログ『ビジネス法務の部屋』からご寄稿いただきました。

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