■素晴らしい雰囲気に包まれたアルウィン

「パルセイロだけには負けられない、教えてやれ俺らが信州」――。
対長野にしか歌われることのない、ダービー専用チャントが松本平広域公園総合球技場(アルウィン)に響く。そう、今日は「絶対に負けられない」クラブがホームスタジアムにやって来る日。松本山雅FCとAC長野パルセイロの戦い、いわゆる『信州ダービー』だ。

昨シーズンこそカテゴリーが違ったために1試合(天皇杯長野県予選)しかなかったダービーだが、長野がしぶとくJFL昇格を果たしたため、今シーズンはリーグ戦、ホーム&アウェイでのダービーが実現する。松本山雅は何が何でもJ2昇格を果たさねばならないシーズンであり、一年後輩に後れをとる事は許されず、長野にとってはJリーグへの準加盟申請を行わなかったため今シーズンの昇格こそないものの、意地を見せるには絶好の機会である。いや、そんな理由は関係なく、最も身近なライバルチームには理屈云々よりも感情論として「負けたくない」のだ。

4月30日、JFL第8節。県内外から合わせて80人ほどのメディアが詰め掛け、ざっと見で観客数は先日の慈善試合(FC東京戦)を超える。アルウィンの雰囲気は想像以上に良い。チームの状況はというと、これが対照的。JFL初試合でジェフリザーブズに快勝した長野に対し、松本は秋田相手に堪えなければならない場面で集中が途切れて失点という、『いつも通り』のサッカーで逆転負け、未だ五里霧中の塩梅という先の思いやられる船出となっていた。県内民放テレビ局とラジオ局で同時生中継されるこの試合で開幕2連敗となれば勢いは一気に削がれ、今後の観客動員にも影響を及ぼすことは想像に難くない。長いシーズンにおいて連敗となることは確かにあるだろう。取り返せないほどの打撃ではないにせよ、クラブに関係する多くの人が相当の危機感を抱いていたことは事実だった。

■先手を取ったのは、アウェイの長野

そんな松本を嘲笑うかのように、右サイドからボールを受けた最前線の宇野沢祐次がヒールパス、そこに詰めていた土橋宏由樹が鮮やかに右足を振り抜いた。試合開始僅か4分で長野が先制。立ち上がりに失点するという松本山雅の悪癖は未だ健在であった。そして、前半はその1点が重く圧し掛かる展開となった。

この試合のポイントは風にあった。毎年、アルウィンで行われる春先のゲームは強風に悩まされる。ゴールキックが押し戻され、有り得ない曲線を描いて自陣に落ちてくるというゴールキーパー泣かせの強風。この風を生かすべく、あえて長野はエンドチェンジを選択した。風上に立ち前半から試合を優位に進めようという計画である。そしてそれは当たった。強烈な向かい風をまともに受ける松本は、「今季は基本3枚」と吉澤英生監督が語るように、松田直樹をセンターバックの中央に据えた3-5-2のシステムを選択していた。

故に両サイドの攻め上がりがこのシステムの言わば『肝』となるのだが、長野のサイド攻撃に対応するあまり、一気に機能不全に陥っていた。ロングボールも風に流され、チャンスは木島良輔・徹也の兄弟2トップの個人技でしか生み出せない。長野の薩川了洋監督曰く「向こうの予算はうちの倍」。半分の予算のチームに蹂躙されるという涙が出そうな展開を迎え、長野にとっては計画通り。このまま追加点を奪って前半で試合を決める、はずだった。

■前半終了間際の同点弾が試合の流れを変える

しかし、駄目押しとなる追加点がなかなか生まれない。チャンスがなかったわけではないが、流れを完全に掌握していたはずの長野に、押し込むだけという決定機はそれほど多くなかった。そう、追いかける展開になると俄然燃えてくる松本の守備陣がリズムを取り戻しつつあった。徐々に試合の流れは松本に傾き出し、前半アディショナルタイムを迎える。ここで松本が同点に追い付けば、エンドの替わる後半は形勢が一気に逆転する。しかし、そんなドラマのような展開は――起こった。須藤右介の遠目からのシュートのこぼれ球を今井昌太が拾い、左足を一閃した。前半終了間際、1-1の同点。