等身大パネルと一緒に生活をし“オイルぬりぬりマン”をした2人組

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『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(ポット出版)は、北尾トロ氏と下関マグロ氏が学校を卒業し、いつの間にかライターとして仕事をしていた1983年から1988年までを振り返った書である。「トロ編」と「マグロ編」に分かれ、両氏が同じ時期に何をしていたのか…、互いの人間関係がシンクロしていく様を見ることができる。そして、二人で宣伝用の等身大パネルと一緒に過ごす企画をしたり、夏の砂浜で水着の女性にオイルを塗る“オイルぬりぬりマン”をするなど、自由奔放な仕事っぷりが描かれている。

この本を若手のライターに読ませ、書評を書いてもらおうとしたところ、「いやです」と拒否をされた。なぜか? 彼が言ったのはこうだ。

「きっとものすごい敗北感を覚えるからです」

彼のこの言い分はすごく理解できた。実は私もそうだったのである。トロ氏とマグロ氏は二人とも1958年生まれ。まさに雑誌の黄金世代ともいえる時期にさまざまな文化を発信し、新語を創造し、笑える企画を増産してきた人々だ。

雑誌好き人間にとって自分の名前で署名原稿を書くライターはスターだった。私も大学生の頃、雑誌を読んではトロ氏、マグロ氏、それに堀井憲一郎氏(1958年生まれ、以下同)山田ゴメス氏(1962年)、ナンシー関氏(1962年)、石原壮一郎氏(1963年)、石黒謙吾氏(1961年)、カーツ佐藤氏(1962年)、青山正明氏(1960年)、町山智浩氏(1962年)らの名前を見るにつけ、「ヒャーッ、カッケー!」と思っていたものだ。

そんな“雑誌ライターオールスターズ”の一角(と私が勝手に思っている)であるトロ氏とマグロ氏の初期の頃を覗けることは興味深くもあった。だが、自分のことを考えると読むのが怖かった。

というのも、私は2001年、28歳でライターになったのだが、すでにその頃は雑誌低迷期になっており、明らかに“冒険”はし辛かったし、面白文化を作ろう、というよりは「広告がちゃんと入るような内容にしよう」という方向にかなりシフトしていた。私もなりゆきでライターになったものの、ライターになったからにはトロ氏やマグロ氏のようになりたいものだ……、と夢想していたが、現実はその企画力のなさや行動力のなさから、与えられたのは無記名で企業人からマジメな話を聞いたり、ひたすらCMタレントのギャラを調べる仕事などばかりだった。

「ライターって楽しい仕事じゃなかったのかよォ!!!!」と思いながら仕事をしていたのだが(自分のせいであることは今は分かっている)、『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』を読んでみると、トロ氏もマグロ氏も生活を成り立たせることに相当苦労をしていた様子が分かる。

同書にはサクセスストーリーは一つも出てこない。両氏が雑誌界で目立つようになる直前の長いドタバタ話と友情、裏切りなどの話が延々続く。後に“雑誌ライターオールスターズ”になったが故に書ける見事なまでの失敗談とトホホ感満載のエピソードの連続に両氏の謙遜が見えると同時に「やっぱ負けちゃった」と思った。「この人たちほど自分は真剣にそして楽しんで仕事していなかった。そしてオレのつまらなさを思い知らされた」――これが敗北感の生まれた理由である。

あと、最後に補足しておくと、最近は「下積みなんぞいらん」と言う若い世代も時々見受けられるが、結局仕事ってものはよっぽどの天才か誰にも真似できる技術・才能がない限りは“誰から気にいられるか”がすべてだと思うので、“下積み”も重要ですよ。この本はそこのところの重要性も教えてくれます。

文/中川淳一郎(ネットニュース編集者)

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