「本は紙である」という環境で育ってきた僕らに、電子書籍はどんな未来を見せてくれるのでしょう。『Web本の雑誌』はブック・コーディネイターの内沼晋太郎さんとともに、端末を持って関わりのありそうな方にお話を聞いてきました。第7回は、書評家であり、翻訳家でもある大森望さん。書評家・評論家として天文学的な数の本を読んできた、"本読みのプロ"は、電子書籍にも精通していました。


【多くの本は電子書籍で十分】

内沼 今日は「本読み」の大先輩にお会いできるということで、楽しみにやってきました。しかも大森さんは、"電子書籍"に精通していらっしゃると伺っています。

大森 精通はしてませんが、昔から興味はあって、1993年末に発売されたNECデジタルブックの頃からいろいろ見てはきました。当時から、電子書籍に対するスタンスは基本的に変わっていなくて、ほとんどの本は電子書籍で十分。紙の本か電子書籍かと言われたら紙の本で読みますが、ゲラ(※印刷物の下刷り)を持ち歩くくらいなら電子データのほうがいい。こないだも500ページ分のpdfファイルをノートパソコンで読みました。全然抵抗はないですね。

内沼 ここに液晶端末のiPad、GALAPAGOS、反射光端末のKindle、ソニーReader、KDDIのbiblio Leafと5台の電子書籍端末をお持ちしましたが、ご自身で持っていらっしゃる端末はありますか?

大森 専用端末は持っていません。僕にとっての電子書籍とはノートパソコンで読むものなんですよ。出かけるときもつねにノートパソコンを持ち歩いているので、それにプラスして読書専用端末を携帯する気はしない。1980年代からカスタマイズしまくった愛用のエディタと辞書がないと文字入力ができない体なんで、iPadやスマートフォンでも20字以上は書けない(笑)。だから代用は無理ですね。

内沼 一通り触れてみて、最近の端末の感触はいかがですか。

大森 ページ送りのアクションがどうこうと、みなさんいろいろ仰いますけど、好みですよね。液晶がいいという人もいれば、反射光端末がいいという人もいる。紙の本だって、判型、紙質、色、書体、文字組など、いろいろあって好みが分かれる。それと一緒じゃないですか。

内沼 内容によって、紙の方が読みやすい、電子の方が向いているというような違いはありますか?

大森 多少はあるかもしれませんが、本質的な問題じゃないでしょう。本好きなら、例えば「新潮文庫はスピン(※ヒモ状のしおり)がついてるからいいよね」とか、出版社の伝統文化に対する愛着がありますよね。でもそういう"文化"って、本の中身とは次元が違う。紙か電子かっていう議論も、それと似たようなもので、もちろんそれぞれに一長一短はあるけれど、例えばウェブ上の文章だったら、詩だろうが論文だろうが漫画だろうが、たいていの人はみんな画面で読んでるわけです。そう考えれば、電子で読めない本はほとんどない。もちろんモノクロの端末でカラーの写真集は見られませんけど、せいぜいそのぐらいの違いじゃないですか。


【全新刊が電子書籍化だったら、うちの書棚も...】

内沼 ちなみに、ご自宅や事務所の蔵書は現在何冊くらいあるんですか?

大森 概算で2万冊ぐらいですかね。仕事場のほうには7段のスチールラックが30本ぐらい。4LDKのうち3部屋は本で埋まってますね。もうまったく空きがないので、新刊のほとんどは読んだ端から処分しますし、書評用に送られてくる本のうち当面読む予定がない本もなるべく早く処分する。仕事場に運ぶのは、自分の専門分野であるSF関連の本と資料性の高いもの。逆に保管の必要性が低いのが四六判の日本の小説。2〜3年後にはだいたい解説つきで文庫になるので、残すならそちらを選びますね。

内沼 書評家の方だと特に、書店で入手される本に加えて、出版社から献本されたり、仕事で読まなければならない本も膨大にありますよね。となると、場所を取らずに済む電子書籍の方がいいシチュエーションもあるような気もするのですが。仮に出版社が、紙の書籍だけでなく、純正版の電子書籍をリリースするようになったら、少し本の整理がラクになりませんか?

大森 早くそうなってほしいんですよ。いま書庫にある本のうち95%は、紙で保管しておく必要がない。どこかにデータベース化されていて、すぐ取り出せるなら、いつでも処分できる。モノとして愛着がある本なんて、蔵書のうちのごくわずかですよ。1000冊もあればじゅうぶんじゃないかな。しかも、本の山が大量に積み上がっていると、毎回、仕事に必要な本を探し出すのがまた大変で。

内沼 例えば名だたる文学賞の受賞作が、最初から全部バンドルされているような電子書籍端末があったらいいですよね。

大森 「戦前の直木賞受賞作全部入り!」など、いろいろやり方はありますよね。1993年に発売された電子書籍に、Hugo and Nebula Anthology 1993 というSFアンソロジーがあるんですが、これはその年のヒューゴー賞とネビュラ賞の候補になった作品のほとんど、長篇6冊と中短篇26本、その他いろいろをCD-ROM1枚に入れて、定価30ドル弱という画期的なものでした。最近だと、ニューヨーカー誌の80年分の全バックナンバーをDVD-ROM8枚に入れたThe Complete New Yorkerとか、ものすごいやつが出ている。電子辞書の専用端末が辞書ソフトをバンドルして売ってることを考えれば、〈月刊文藝春秋〉バックナンバー全冊入りの読書端末とか出すのもありかもしれませんね。ただ、そういうもの珍しさで売ろうとしても、たぶん長つづきしない。定着させるには、電子書籍端末という商品自体の魅力を上げることを考えなくちゃいけない。

内沼 その商品自体の魅力とは具体的に何になるのでしょう。

大森 ハードウェア面じゃなくてソフトウェア面、"その端末で何が読めるか"です。というか、理想的には"何でも読める"じゃなきゃいけない。品揃えを圧倒的に増やして、なんでも好きなタイトルが、いつでも好きなときに、紙の本より安く、簡単に買えるようにする。紙の本というのはコンテンツが端末と一体となった読書デバイスですよね。分離できる電子書籍では、コンテンツの充実と手に入れやすさが大切になる。通信機能がある端末に限られるかもしれませんが、ストアの「品揃えがよく」「価格がリーズナブルで」「どこにいても簡単に手に入る」という電子書籍のメリットを最大限に生かした専用端末なら、日本でも勝負できるはずです。
(構成:松浦達也)



<プロフィール>
大森望
おおもり・のぞみ●1961年高知県出身。書評家、翻訳家、SFアンソロジスト。著書に『狂乱西葛西日記20世紀remix』『特盛! SF翻訳講座』『文学賞メッタ斬り!』、編著に『NOVA』『年刊日本SF傑作選』などいろいろ。文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」紳士交遊録(木曜)、AXNミステリー「BOOK倶楽部」出演中。
http://www.asahi-net.or.jp/~KX3M-AB/


内沼晋太郎
うちぬま・しんたろう●1980年生まれ。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。「本とアイデア」のレーベル「numabooks」主宰。著書に『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(朝日新聞出版)。LISMO Book Store Magazine編集長。http://numabooks.com







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