東京オリンピックで日本人がもたらした“イノベーション”

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 第二次世界大戦が終わってから約20年後の1964年、日本の転機となる大きなイベントが行われました。「東京オリンピック」です。日本が一丸となって挑んだこの東京オリンピックは、経済的な面だけでなく様々な側面でシステムの変革を起こし、その後に大きな影響を与えました。

 小学館から出版されている『TOKYOオリンピック物語』は、ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が15年もの取材を重ねて執筆した、東京オリンピックの裏方たちの活躍を描いた一冊です。そこではあまり知られていない日本の意地を賭けた職人たちの戦いと、彼らが巻き起こしたイノベーションの凄さがありありと表現されています。

 例えば、この東京オリンピックで初めて導入されたものがあります。
 それがコンピュータによる“リアルタイムシステム”です。
 現在では、選手たちがゴールをするとすぐに順位とタイムが速報で流れますが、当時はそのようなシステムはなく、競技の結果を記録し、着順をつけるためには多くの人手や時間が必要でした。

 リアルタイムシステムの開発担当となったのは、当時32歳だった日本IBMのシステムエンジニア、竹下亨さんです。はじめは責任者の竹下さんと部下3人でのスタートでしたが、彼らには数々の苦難が襲い掛かってきます。
 「着順を決めるのは時計じゃない、審判だ。コンピュータなんて要らない」と言ってくる競技連盟関係者たち、本国のIBMからやってきた監査団たちの勧告、細かいミスの発生。
 こうした苦難を竹下さんたちは勤勉さで乗り越えていきます。競技のルールを覚え、自分たちの成すべきことを関係者に伝えて説得したり、日本で初めての工程管理システムを導入して納期を確実に守ったり、リアルタイムシステムのミスを確実になくすシステムを構築したり…。

 そうした中で、竹下さんら開発者がこだわった部分があります。それは、“汎用できるシステムを作ること”です。つまり、その後あらゆる分野に応用できるシステムを目指していたのです。
 野地氏は「コンピュータが計算だけでなく、速報、工程管理のような便利な機能を持っていることを実演して見せ、便利さを周囲に伝えたこと」(p93)こそが、竹下さんの功績であるとつづっています。そして、東京オリンピック以後、日本の企業は急速にオンライン化を進めていくことになりました。

 本書には他にも選手村食堂の責任者に任命され、調理システムを確立した村上信夫さんや東京オリンピックの記録映画を撮影した市川崑監督と、脚本家として参加した詩人の谷川俊太郎さんら、様々な裏方のエピソードが掲載されています。

 行動経済成長期という時代の中で、人々は現状に安住せず、自らの生活が変わることを少しも恐れたりはしませんでした。より生活が良くなるために、そして、より上を目指すために、まずは前を向いて自分が出来ることをする。そんな精神で溢れていたのです。
 今こそ、後ろ向きにならず、かつてのように前を向かなければいけません。本書から、前を向いて歩き出すための元気をもらえるかも知れませんよ。
(新刊JP編集部/金井元貴)




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