(写真)いまだにキャベツが収穫できない畑に立つ次男=2日、福島県須賀川市

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 福島県須賀川市の畑には出荷時期をのがしたキャベツが整然と並んでいました。ただ、葉の一部が茶色になっているものも目立ちます。丸まったまま、色が変わってしまったものもありました。東日本大震災直後におきた福島第1原発事故の影響で収穫されないままです。

 この畑を残し、同市の専業農家の男性(64)が自ら命を絶ちました。同原発の事故で福島県の一部の野菜が出荷停止となった翌日3月24日早朝のことです。「生真面目だったから、ポキンと切れたんだ」。妻(61)や長女(41)、次男(35)は、男性を振り返りました。

 男性は高校卒業後、農業の道に進みました。30代のころから有機農法に取り組むようになりました。

 口癖は「野菜も米も、人の口に入るものだから農薬はなるべく使いたくねえ」「虫が食わねえようなもの(を)作ってどうすんだ」。まだヘリコプターで地域に除草剤の空中散布が行われていた時代。自らの田んぼに黄色い旗を立て、除草剤をまかないように求めました。

 5年前、次男は農業を継ぐ意思を伝えました。「戻ってきて農家(を)やっから」。男性は何も言わず涙を流しました。

 今回の地震では、自宅のかわらが落ち、作業場や倉庫の壁がはがれました。片付けは、地域の人たちといつもと変わらない様子でこなしました。

 ただ、同原発1号機の爆発をニュースで見ると「百姓、終わりだぞ。福島県の農作物はだめだ」とつぶやきました。夜には叔母に電話をかけ「故郷がなくなるかもしんね」と漏らしたといいます。

 それでも、キャベツの出荷には意欲をみせていました。「出せるかどうか試しに食べよう」。3月17日、男性はキャベツをひとつ畑から収穫してきて、家族で食べました。

 そんな矢先の23日、政府は規制値を超える放射性物質が検出されたとして、福島県のキャベツやホウレンソウの出荷停止を指示しました。

 「風呂(に)入れ」。その晩、男性は妻にそう促し、台所に立ちました。いつもはやらない皿洗いを黙々とこなしました。

 遺書は見つかりませんでした。妻は「原発に殺された」と悔しさを募らせます。長女は「もう、こんな人を出さないでほしい」と訴えました。

 原発事故は収束を見せません。いまだ、先の見通しのないまま男性のキャベツは畑に植えられたままになっています。(藤川良太)

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