「物語を創ることは“野犬を捕まえる”ようなもの」―平山夢明さんインタビュー(2)

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 長編『ダイナー』で第13回大藪春彦賞と第28回日本冒険小説協会大賞をW受賞した平山夢明さん。前回は『ダイナー』のアイデアの源泉についてお話を伺いました。第2回の今回は、平山さんの創作活動へのこだわりや物語創りの流儀についてお聞きしました。

■「物語を創ることは“野犬を捕まえる”ようなもの」

― 『ダイナー』を一読して、とても情報量の多い小説だという印象を受けました。その情報量によって物語に説得力が生まれているように感じましたが、そのあたりも意識されていたのでしょうか。

平山「小説はアニメとも映画とも違って“無音”という描写ができないんだよね。だから、情報を詰めこむことで読者を錯乱させるというか、思考停止させるっていうのが今の流れではあるみたい。ゆっくりした描写やじんわりとした描写ももちろんあっていいし必要なんだけど、8割くらいは徹底的に詰め込んでいくっていう。
今の20代30代くらいの読者は昔から多くの情報に触れてきて慣れているのからか、ものすごく情報処理能力が高いんだよ。だからそれに負けちゃいけないとは思うよね。
なんで『エヴァンゲリオン』が受け入れられたかというと、やはり理解を後回しにするぐらいの圧倒的な情報量があったっていうのがひとつにあると思う。小説でもそういう描写が可能なんだなというのは最近思っていて、どうもその先にこれからの新しい表現がある気がしてる」

―本作には「シンジュク」など日本の地名が出てくることもあって、舞台は日本だということはわかりますが、どこか無国籍な印象も受けました。こういった書き方にはどのような狙いがあったのでしょうか。

平山「これは狙いとかではなくて、俺の性質なんだよ。どうしてだかわからないんだけど、俺は日本語の主人公とか日本の地名だとものが考えられなくなるんだよね。時代小説だとできるの。でも現代を舞台にした小説で“木村”とか“山田”とか書くと全然頭が動かなくなっちゃうんだよ。誰か原因がわかったら教えてほしいくらい(笑)」

―執筆にあたり最も苦心した点はどんな点ですか?

平山「執筆のスタイルが決まっていなかったことかな。どうやって物語を追い込んでいくのかが全然固まっていなかったんだよ。最初はプロットを立ててきっちり書いていこうとしてたんだよね。長編だし途中で変になるのが怖いじゃない。でもそういうのがことごとく役に立たなかった」

―途中でにっちもさっちも行かなくなってしまったり、ということもあったのでしょうか。

平山「にっちもさっちもいかなくなったことはなかったけど、一章丸々削っちゃったことはあったよ。ダメだと思いながら書いてたらやっぱり駄目だった、みたいなことがままあったんだよね。プロット上では生きているんだけど書いてみたら駄目だったっていう。
でも最近、そういう時どうすればいいかわかりましたよ(笑) 物語の面白さって野犬みたいなものだと思ってて、それがどっちに行くかは野犬次第なんだよ。その作品の核になる面白さっていうのは逃げ回るものだから。少しずつ近づいて、段々と追い詰めながら周りを固めて逃げ場をなくしていく。そういう風なやりかたがいいような気がした、あくまで俺のやり方だけど。
昔は登山みたいなもんかなって思ってたんだよ。地図で見るとの行くのとでは全然景色が違うところとかさ。でも山は動かないからね。小説の核っていうのはもっとアクティブに動いているなと思った」

―平山さんの小説作品、あるいは映像作品に共通するものがあるとしたら、どんなものだとお考えですか?

平山「人間として忘れてはならない力があると思うんだよ。それを蘇らせることができたのかできなかったのか、というところは狙いたい。そういうところには拘りがありますよ。たとえば、社会のシステムに組み込まれている自分がいた時に、いざとなった時にそこから脱け出そうと動けるか、動けないのかということ。またはいざとなれば自分自身の絶対値で勝負ができるのかということには興味があるね。“生き残るための力”みたいなものだと思う」

―本作では基本的に強制でなりたつ世界、任意のない世界を描いています。そうすることで登場人物たちの「個人の絶対値」が試される状況を作り出していますね。

平山「そうなんだよ。俺はシステムって嫌いなのね。小さい時からそうなんだけど、自分が約束とかをあまり守れない人間だからそういうものに対して憎しみがあるんだよ(笑)
この小説では、まず最初に強制によるシステムの息苦しさを感じてもらって、カナコがそのシステムにひざまずくのか、それとも自分は自分として存在しようとするのかっていう岐路の場面も用意した。もちろんフィクションだけど、そういう場面は俺たちの生活にもあることじゃない」

―本書で描かれている「恐怖」や、拷問などの残酷なシーンというのは、好き嫌いを超えたところで、否応なく人をひきつけてしまうところがあります。そういったものの例として、他にはどのようなものがあると思いますか?

平山「“愛”や“友情”、“裏切り”とかそういうものじゃないか。ただ“愛”は単なる男女の“LOVE”ではなくて、“絆”とか“信頼関係”のようなものだと思うな。
この作品に出てくるボンベロっていう人物も最終的にはカナコを裏切らなかった。何も持たない者に対して献身するっていうのは、男女問わずものすごい心理的なダイナミズムがあるんだよ。そういうものは物語の大きな読み味になると思う」

次回「読者が読む前と読んだ後で変化するような作品を書きたい」に続く


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