水道水が210ベクレル/リットルのヨウ素131を含むとはどういうことか

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今回は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

水道水が210ベクレル/リットルのヨウ素131を含むとはどういうことか
前回 *1、放射性ヨウ素について書きましたが、その後事態はなかなか改善の方向に向かわず、ついに関東各地の上水道からも基準を超えるヨウ素131が検出されました。東京でも水の買い占めが起こり、筆者も今朝学内の生協にいってみたら、大学とは関係なさそうな人たちが大量のミネラルウォーターをかごに詰め込み、レジに並んでいるのを見かけました。

*1:原発事故とヨウ素の関係『有機化学美術館・分館』
http://blog.livedoor.jp/route408/archives/51784797.html

筆者は以前、拙著「化学物質はなぜ嫌われるのか」*2 にて、化学物質の恐怖を煽(あお)ってしまった要因の一つは分析機器の進歩だ、ということを書きました。ダイオキシンにしろ水銀にしろ、近年の恐ろしく鋭敏な分析機器にかかれば、空気からも水からもなにがしかの量が検出されます。昔はゼロだと思って安心していたものが、実は微量でも存在していると知ると怖くなってしまうのが人間心理です。

まして放射能は、あらゆるものの中で最も検出しやすいものといっても過言ではありません。ウィルソンの霧箱 *3 など、比較的原始的な装置でも1原子の放つ放射線が見えてしまうほどです。

*2:化学物質はなぜ嫌われるのか『技術評論社』
http://gihyo.jp/book/2008/978-4-7741-3517-5

*3:霧箱『Wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/霧箱

今回東京で問題となった水道水は、210ベクレル/リットルのヨウ素131を含んでいたとのことです。これは、1リットルあたり1秒間に210個のヨウ素131が放射線を放ったことを意味します。そして1リットルの水は、3.3×10^25個の水分子を含みます。210対33,000,000,000,000,000,000,000,000という対比を見れば、これがいかに低濃度かわかっていただけると思います。

(追記1)上記、210:3.3×10^25という対比は誤解を招く言い回しという指摘があったので追記。1リットルの水に溶けているヨウ素131は、約600万原子ということになるそうです(中川准教授のツイートより)*4 。濃度ということでいえば、6×10^6対3.3×10^25で、だいたい10^(-19)、1兆分の1の1千万分の1くらいのオーダーと考えればよいと思います。

*4:東大病院放射線治療チーム(@team_nakagawa)さんのツイート
http://twitter.com/team_nakagawa/status/49856046667280385

「汚染」された水道水や野菜がどの程度危険か、松永和紀氏のブログ *5 で計算がされています。放射能の単位はいろいろな種類があってわかりにくいのですが、それらの換算などについても載っていますのでぜひご覧下さい。

*5:適切に怖がりつつ安心して食べるために〜自分で計算しよう!『松永和紀blog』
http://blog.goo.ne.jp/wakilab/e/bd31dc95883dafbff426c3eca673eb24

放射能に限らず、こうした影響は“ごく微量でも取り込んだらその瞬間にアウト”という、1か0かの問題ではありません。摂取量があるところまでは問題なし、その後増えてゆけば少しずつ何らかの病気になる確率が高まる――というものですので、完璧に安全というラインは引けません。「ただちに健康に影響はない」という、何だか歯切れの悪い言い方にならざるを得ないのはこのためです。ただし現在の基準値というものは、“少々基準値を超えた水や野菜を何回か食べたところで、事実上全く健康に影響しない”という、非常に安全側に振ったところに設定されています。このあたりは日経ビジネスオンラインの記事 *6 の、山下俊一・長崎大学教授の解説をご覧下さい。氏の言葉を借りれば「イメージとしては100万分の1の危険を防ぐような発想」ということです。

*6:今の放射線は本当に危険レベルか、ズバリ解説しよう「水道水、牛乳は飲んでも大丈夫か」「暫定規制値とは」「チェルノブイリと何が違うのか」――第一線の専門家にインタビュー『日経ビジネスONLINE』
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110323/219112/?bvr&rt=nocnt

どうしても気になる人、乳児のいる家庭などでは、何らか対策を講じればよいでしょう。ヨウ素131の半減期は8日ですので、水道水を密閉容器に取り置いて一月も待てばまず危険のないレベルまで下がります(ただし、消毒が抜けていきますから、なんらか消毒剤を加えるなどの必要はあるかもしれません)。ちなみに煮沸してもヨウ素は飛んでいきませんので、これは有効な手段ではないとのことです。

(追記2)放出されたヨウ素がどのような形態で存在しているか、スリーマイル島の事故の分析データ *7 によれば、I2(単体ヨウ素)、CH3I(ヨウ化メチル)、HOI(次亜ヨウ素酸)、粒子状ヨウ素などが同程度混じっており、煮沸や浄水器など単一の方法できれいさっぱり除くのは難しいようです。

*7:ヨウ素モニタ『RIST(高度情報科学技術研究機構)』ウェブサイト
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-04-03-10

実のところ、こうした「水道水や野菜は安心」という話を書くのは、少々気が引ける面もあります。状況が一向に好転せぬ中、放射能への警戒心を緩めるような物言いは問題だ、という意見もあるからです。もちろん現在の事態は、とうてい楽観視できるようなものではありません。問題が長期化した場合どうなるかなど、さらに検討せねばならないと思います。

ただし、放射能という目に見えない敵がこれだけ騒がれると、どうしても浮き足立つのが人情です。3000万首都圏民が一斉に水や食料の買い占めに走れば、極めて厳しい事態にさらされている東北の被災者へ渡るべき物資は、一瞬でなくなります。

筆者は、茨城北部の実家――東北に比べれば遥かに軽微ですが、10日以上ライフラインが復旧せず、数リットルの水を確保するために何時間も行列する生活を送っている被災地――と、ほぼ危険も不便もない日常生活を送っている都民が、水の買い占めに走っている姿の両方を目の当たりにしています。これはいくら何でもまずい、都民はもう少し冷静に振る舞うべきではないか――という思いで、筆者はこの記事を書いたことを付記しておきます。


執筆: この記事は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信



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