世界最恐の内部告発サイト「WikiLeaks」、その創設者の素顔

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 「WikiLeaks」(ウィキリークス)は、2006年12月に準備が開始され、それから1年以内に120万を超える機密文書をデータベース化しているとされる内部告発サイトです。アフガニスタン紛争の武器装備の支出と所蔵や、ケニアでの汚職に関わる文書などを告発して話題を集めました。
 特に、“コラテラル・マーダー”との題で公開された、イラク戦争におけるアメリカ軍の民間人殺傷ビデオは世界を激震させました。

 『ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争』(『ガーディアン』特命取材チーム、デヴィッド・リー、ルーク・ハーディング/著、月沢李歌子、島田楓子/翻訳、講談社/刊)では、この「WikiLeaks」の創設者であるジュリアン・アサンジ氏の人となりや、彼らが目指すところが英メディア「ガーディアン」紙の記者によって分析されています。
 「WikiLeaks」を立ち上げたジュリアン・アサンジ氏は、1971年生まれのオーストラリア人です。彼は16歳の時(1987年くらい)からハッキング行為などを始め、1994年にはオーストラリア警察からハッキングの容疑で起訴されたこともあります。
 その後紆余曲折を経て、「内部告発サイト」の構想を思いつき、現在のウィキリークスを作り上げました。

 アサンジの行為をどう捉えるかは人により判断が分かれるところです。
 ある人は、アサンジの主張に賛成し、「情報は自由であるべきだ!」と声を上げ、表現の自由における英雄的にみなします。またある人は、「世界を騒がせるハッカー」として、アサンジを犯罪者的にみなします。
 本書には、「ガーディアン」紙の特命取材チームが、ジュリアン・アサンジ氏と共に行動する中で起こったことを真実ありのままに記録しています。アサンジの行動は、読者の目にどのように映るのでしょうか。

■まるで映画のような、公文書200万通の受け渡しシーン
 アサンジ氏はいくつかのメディアと連絡をとっており、「ガーディアン」もその一つでした。
 アサンジ氏は情報提供者として、また情報の仲介者として、メディアを通じての機密のリークを試みていたようです。それに応じた「ガーディアン」側が、2010年にベルギーでアサンジと交渉した時のエピソードが載っています。

 この時、アサンジ氏と記者たちは、ベルギーのホテルのガーデンカフェで6時間に及ぶ、会合をしていました。
 ふと、アサンジ氏が小型のラップトップを開き、キーを叩いて何かを打ち込み、次いでその場にあったナプキンをとって「オーケー、これで君達のものだ」といいます。
 記者が「何が?」と尋ねると、アサンジは「ファイル全部、パスワードはこのナプキンだ」と答えました。

 アサンジ氏は、そのナプキンに印刷されたホテルの文字をいくつか丸で囲み、「ノー・スペース」と書き込み、GPGと暗号化ソフトの名前を書き加えて渡したのだといいます。
 まるで小説のようなやりとりですが、アサンジ氏の気取った感じがよく分かるエピソードです。ちなみにこの時、「ガーディアン」が受け取った情報は200万通以上の公文書だったそうです。

 アサンジ氏は決して、“ただの気取った男”ではありませんでした。「ガーディアン」の記者たちが、アサンジ氏を批判するシーンが本書に書かれています。それは、この情報を世に公開するにあたって、編集作業をする際のこと。
 報告書データの部分、すなわち情報提供者および協力者の人物名に関する部分を削除しようとする「ガーディアン」側と、全てを公開しようとするウィキリークス側が対立したのです。
 結果的に、アサンジ氏が考えを改めて編集に合意しましたが、この当時のアサンジ氏は、「情報は全て公開されるべき」「情報提供者は自身の身に危険が及ぶ事など知っているはず」という、やや傲慢とも取れる姿勢を持っていたといいます。

 本書は、今話題の「WikiLeaks」及び創設者のジュリアン・アサンジ氏について、イギリスの新聞「ガーディアン」の特命取材チームがまとめたルポルタージュ本です。興味のある方はぜひ読んでみて下さい。
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