ザック・ジャパンを優勝に導いた“控え選手”の仕事術

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 今年1月、カタールで開催された「AFCアジアカップ カタール 2011」で見事、優勝を果たしたサッカー日本代表。その優勝の立役者の1人といえば、決勝のオーストラリア戦の延長前半から途中出場し、決勝点をあげた李忠成選手(サンフレッチェ広島)です。

 しかし、ヒーローは李選手や戦い抜いたスターティング・メンバーの選手たちだけではありません。自ら進んでチームのムード作りを行った森脇良太選手(サンフレッチェ広島)や、裏方の仕事を率先して行った権田修一選手(FC東京)など、控えにまわりながら献身的にチームをサポートした選手たちにもスポットが当てられ、ザック・ジャパンの「全員サッカー」が話題になりました。

 控え選手たちのサポートがなければ、試合に勝つことはできないと語るのは、日本サッカー界の重鎮で、2008年に逝去された長沼健氏です。
 長沼氏が執筆した、日本サッカー史の中でも名著というべき『11人のなかの1人―サッカーに学ぶ集団の論理―』(生産性出版/刊)の中でも、控え選手の意味について述べられています。

 その選手が控えにまわらなければならない理由は様々です。そして、それを試合前のミーティングで明らかにされていても、控えにまわるのはどんな選手でも悔しいものです。

 しかし、控えにまわった選手にもたくさんのすべきことがあります。
 チームの狙いがどの程度実際の試合のなかで生きているか。またそれにたいする相手の対策はどうか。試合前予想できなかった相手の戦術はなにか。攻撃と守備のリズムは…。
 それらを冷静に、そして客観的に見ることができる立場にある控え選手だからこそ、途中交代で自軍のリズムを変えることができるのです。そして、長沼氏は「こういう姿勢で試合を追っている選手だったら、近い将来、チームにとってなくてはならない男に成長することはまちがいない」と言います。

 また、ハーフタイムになるとロッカールームには疲れ果てたレギュラーメンバーが入ってきます。そんな彼らを出迎え、介抱するのも控えの選手たちです。
 前半戦終了の笛の数分前に何人かの控え選手はロッカールームに引き上げ、疲れて帰ってくる仲間の受け入れ態勢をつくります。自分に選手経験があるならば、ロッカールームがどうあって欲しいか分かっているはず。控え選手がその汗をぬぐい、バスタオルを振って風を送る。
 そうした、仲間たちの気持ちが勝負の世界を左右すると、長沼氏はいいます。
 アジアカップでも、集中力を切らさず試合を追っていった李選手や、率先してチームサポートに徹した森脇選手、権田選手ら控え選手たちの活躍があってこそ、優勝を手にすることができたのでしょう。

 本書は、1968年のメキシコオリンピックで銅メダルに導いた長沼氏が1975年に執筆した一冊ですが、チームとは何か、どのようにすれば機能するのかを詳細に分析しており、それから36年経った今でもサッカーを超えた様々な分野で役立つ知識が詰め込まれています。
 スポーツならずとも、ときには控えにまわされるときもあります。しかし、悔やんでモチベーションを下げているのは選手失格であり、せっかくのチャンスを逃すことになります。最後に、本書に書かれた長沼氏の言葉をお贈りします。

ひたむきに試合に没入し、経過を追っているということはその選手は戦っているということだ。たまたま場所がグラウンドでなくベンチであるという相違はあっても、戦っているという意味では、まったくスターティング・メンバーと変わりはない。」(p58より)

(新刊JP編集部/金井元貴)

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