「電子書籍元年」といわれた2010年が過ぎ去った。この期間、日本ではiPhoneアプリを中心に電子書籍が普及し始めているが、その一方で、アメリカではソニーの電子書籍アプリが米アップルから拒否されたり、日本でも単体アプリ化した電子書籍が審査を通過できなくなったりするといったことが起こるなど、状況はさらに変化しそうだ。
 人気ブログ「isologue」の運営者で、話題の企業や経済現象を鋭く分析する有料メールマガジン「週刊isologue」を発行している公認会計士の磯崎哲也さんに電子書籍をめぐる状況についてお話を聞いた。
 後編となる今回は、紙でも電子書籍でもない新たな出版の可能性や話題のニュースについてお話をうかがう。【前編はこちらから
(新刊JP編集部/金井元貴)

■フレキシブルに対応できる出版社が生き残っていく

―ここからは本とも電子書籍でもない、新たな出版の可能性についてお話をうかがっていきたいのですが、まずは情報発信の手段として「有料メールマガジン」というのがあります。磯崎さん自身も「週刊isologue」という有料メールマガジンを配信されていますが、これはビジネスとして成立するのでしょうか。

磯崎哲也さん(以下省略)「『成り立つ人もいる』というくらいではないでしょうか。ご存知のように、今、有料メルマガで最も読者が多いのは、おそらく堀江貴文さんです。堀江さん自身がツイッターなどでつぶやいてくれているのですが、私のメルマガを見て、面白いんじゃないかと思って有料メルマガを始めたそうなんです。私は堀江さんとは実際にお会いしたことはないんですが、参考にして頂いたのは嬉しいですね。読者数は、あっという間に抜かれてしまいましたが(笑)。
現在、有料メールマガジンを発行している『まぐまぐ!プレミアム』では堀江さんが1位で読者数は1万人以上と言われています。そして私が3位から4位くらいなのですが、よく『3位だと1位の3分の1くらいの読者数はいるんでしょう?』と言われます。でも、実際のところ、とてもそんな数にはいってないですよ(笑)。皆さんが想像されるよりかはかなり少ないと思います。
私のときは、『まぐまぐ!プレミアム』の10位に入った時点で、読者数が500人いなかったと記憶しています。例えば読者300人で月額840円、プラットフォーム側が4割手数料を取るとして、月収15万円くらいですから、副業としてはそこそこの収入だと思いますが、それだけで食っていけるとは言いにくいですね」

―やはりそれは、有料という敷居の高さがあるということなのでしょうか。

「有料の敷居の高さというのは、『読者がデジタルコンテンツに価値を感じていない』ということではなく、アカウント登録や決済のハードルの高さだと思うんです。何か買う際に、iTunesなどではワンクリックで、入れ慣れたパスワードを入力すればいいわけですし、Amazonも今となってはそこで買うことに抵抗感を持っている人は少ないですよね。
ただ、AppleやAmazonではない一般のウェブサイトの場合は、アカウントを作って決済をする…ということに時間がかかってしまいがちです。
コンビニやKIOSKで雑誌を買うのは、十数秒程度しかかからないですよね?電子書籍を買うために、数分かけてアカウントを作らないといけないとすると、一般ユーザーにとっては、かなりハードルが高いのではないかと思います」

―また、“新しい電子書籍”としては「朗読少女」が話題です。これは女子高校生のキャラクターが名作を読み上げてくれるというiPhoneアプリですが、この「朗読少女」の登場は出版業界にどのような示唆を与えていると思いますか?

「私は、『朗読少女』はとてもセンスが感じられるビジネスモデルだと思います。
単純に普通のデジタルコンテンツを売るだけなら、AppleやAmazonと戦って長期的に勝てるわけがない。今、電子書籍のプラットフォームが日本でもたくさん出て来ていますが、そうした巨大プラットフォームと本質的な差別化を図れているものは、ほとんど無いんじゃないかと思います。
既存の書籍の販売がジャングルのゲリラ戦だとすると、電子書籍の販売は、戦闘機や誘導ミサイルや偵察衛星などを使った現代戦に相当すると思います。つまり、せいぜい数億円程度のビジネスと兆円単位の投資や費用がかかるビジネスの違いといった感じです。そこで差別化するためには、「ブランド」や「キャラクター」といった、価格以外での差別化が必要だと思います。
「朗読少女」は「乙葉しおり」というキャラクターが確立されていて、その上で、「音声」という全く違ったカテゴリーのコンテンツを配信しています。もう50万ダウンロードを超えたそうですね。既に「朗読少女」自体がプラットフォームとしての地位を獲得しつつある、ということではないかと思います。そういった意味で、すごく上手な例だと思います。」

―「朗読少女」のほかに、“耳で聴く本”として「オーディオブック」があります。磯崎さんが著した『起業のファイナンス』もオーディオブック化に向けて進んでいるそうですが、こちらについてはどのようにお考えですか?

「とても楽しみなのですが、どのような形になるのか、全く想像がつきませんね(笑)。
でも、耳で聴くというのは、ツボにハマるととても良いんではないかと思います。
例えば、ラジオドラマっていうのがありますが、あれはすごく想像力が働くんですね。普通にテレビドラマで見ると、ただ男女がデートしているだけのシーンでも、ラジオドラマで聴くと、目で見ただけでは分からない、その二人のドキドキ感の心理的描写が行われていたりとか、人間の本能に訴えかける魅力がある気がします。美女が目の前に立っているだけでは心が動かない人でも、耳元で何かささやかれたら、かなり「ゾクっ」と来るんじゃないかと思うんですよ(笑)。
そういう意味では、『起業のファイナンス』のオーディオブック化にも期待しちゃいます。
ベンチャー企業というのは、理詰めで考えて「こうすれば確実に成功する」というものではありません。ですから、ベンチャーを起業しようという行為は、単に「頭がいい」ということを超えて、何か、本能的な衝動やパッションみたいなものが必要だと思います。そういう「本能」を刺激するものになったりすると面白いですね(笑)。
また、文字で読んでいくと途中で疲れてしまうことがありますが、聞くだけであれば疲れません。ツボにはまると、非常に面白いコンテンツになるのではないでしょうか」

―先日、中堅出版社の幻冬舎で、MBO(マネジメント・バイアウト)が成立しました。これは出版業界でも大きな話題となりましたが、磯崎さんはこのことについてどのようにお考えですか?

「MBOといっても、経営者側から見たリスクが高いものから低いものまで、いろいろなケースがあるのですが、あのMBOは、経営者にとって非常にメリットのあった取引ではなかったかと考えています。
幻冬舎のMBOの書類には、経営をドラスティックに変えていけないといった、今後の経営課題についての記述が見られます。もともと幻冬舎は出版業界の中でも非常に企画力の高い出版社の1つですし、MBOで背負わされる借金の負担も小さそうなので、いろいろと身軽にできることがあると思います。プラットフォームがどう変わっても、企画力で勝負していくタイプの企業は、生き残っていくことは充分にできるのではないでしょうか。ただし、そういうタイプの企業は、あまり上場企業向きではないかも知れません。幻冬舎がMBOで非上場化するのは正解だったかも知れないですね。
企画やコンテンツそのものを作れる組織というのは、型にはめられてしまうと将来的には危なくなってしまうんです。先ほど、今の出版業界は取次のシステムによって成り立っている部分があるというお話が出ましたが、まさしく、プラットフォームの型にはまってしまうと、そのプラットフォームが崩壊したときに一気に脆くなってしまいます。そういう意味では、フレキシブルに企画やコンテンツを打ち出していける出版社は、これからも活躍の場があるのではないかと思います」

―最後に、磯崎さんは昨年9月に『起業のファイナンス』(日本実業出版社/刊)という書籍を出版され、大きな話題を呼んでいます。今後の磯崎さんの出版のご予定などはございますか?

「昨年の9月に『起業のファイナンス』を書き終えて、のんびりしていたら、あっという間に半年が経ってしまいました。この間、ブログやツイッターを通して拙著を紹介させて頂いたり、また読者の皆さんからの反響を受け取ったりもして、私がどのように出版に関われるかがなんとなく見えてきた部分もありますので、そろそろ次回作に向けて考えていきたいな、と考えているところです」

―磯崎さんが本を出版されて、そこで初めて分かったことはありましたか?

「よく耳にする『出版社はもう要らない時代が来るんだ』という言説については、ちょっと違うかなと思いました。必ずしも出版社である必要はないのですが、コーディネーターというか、本の内容をしっかりと編集してくれる人と組んで仕事をすることがすごく大切になると思います。どういったタイトルで、こういった層に向けて、こういうデザインで、こういう風に売る、ということをしっかりと考えてくれる人ですね。
著者は自分の分野に関していえば専門家でも、マーケティングやデザイン等については必ずしも専門家ではないわけですから、その道の専門の人と組んで仕事をするというのは必要だと思います」

―大変興味深いお話、ありがとうございました。

【磯崎哲也さんプロフィール】
 1984年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。長銀総合研究所で、経営戦略・新規事業・システムなどの経営コンサルタント、インターネット産業のアナリストとして勤務した後、1998年ベンチャービジネスの世界に入り、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師などを歴任。現在、磯崎哲也事務所代表。公認会計士、システム監査技術者、公認金融監査人。
Twitterアカウントは@isologue
著書に『起業のファイナンス』(日本実業出版社/刊)
ブログ及びメルマガ「isologue」を執筆。

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