電子書籍と出版業界の未来とは?―磯崎哲也さんに聞く(前編)

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 「電子書籍元年」といわれた2010年が過ぎ去った。この期間、日本ではiPhoneアプリを中心に電子書籍が普及し始めているが、その一方で、アメリカではソニーの電子書籍アプリが米アップルから拒否されたり、日本でも単体アプリ化した電子書籍が審査を通過できなくなったりするといったことが起こるなど、状況はさらに変化しそうだ。
 人気ブログ「isologue」の運営者で、話題の企業や経済現象を鋭く分析する有料メールマガジン「週刊isologue」を発行している公認会計士の磯崎哲也さんに電子書籍をめぐる状況についてお話を聞いた。
 前後編2回でお送りするインタビュー前編は出版業界の現状を語っていただく。
(新刊JP編集部/金井元貴)

 ◇   ◇   ◇

■Appleの方向転換で右往左往する出版社たち

―まず、磯崎さんがご自身のブログ「isologue」や言論プラットフォーム「アゴラ」で電子書籍について言及されていたのが昨年の前半であったと思います。当時、やはり出版業界でも電子書籍は1つの大きなトピックとして語られていたのですが、私が実感する上では、ここ最近は業界が電子書籍に対して冷めてきているようにも思います。その頃から半年以上経ちまして、現在の電子書籍をめぐる状況について、どのような変化があったとお考えですか?

磯崎哲也さん(以下省略)「統計的に全貌を把握しているわけではないのですが、私は冷めてきたというよりは電子書籍への意識が根付いてきたと感じています。出版社さん個別に聞いてみると、当然電子書籍に対応しなければいけないことは分かっているけれど、規格の問題や、部数の伸びがまだ期待できないということはよく聞きますね。
また、取次を中心とする既存の書籍の流通システムがあまりにもよく出来すぎていて、それと対比をした上で既存の紙での流通から抜け出せないというところもあると思います。もちろんこれからは電子書籍に移行していくというのはそれぞれの出版社さんはよく分かっていらっしゃいますし、対応できないのは技術力が無いという問題でもないと思います」

―取次というところでは、取次会社の配本規制で出版業界が大きく変わるのではないかという話もありますし、出版業界は取次システムがあって発展してきたという側面もあります。

「そうですね。物流もそうですし、(取次は)ファイナンスを担ってもいます。私が昔、ベンチャー企業に勤務していたとき、その子会社で出版関連の事業をやっている部門に携わっていたことがあるのですが、出版業界の方の会計感覚はとても変わっていると思いました。資金繰りと会計の感覚が非常に渾然一体となっていて、非常に面白い世界でしたね」

―出版業界の基本的な構造は、本を作って流通に流せば出版社にお金が入るというものですよね。よく「自転車操業」とも言われていますが…。

「意外に、その部分が出版業界への参入障壁を高くしていたのではないでしょうか。他の業界の人で、出版業界のビジネスのしくみを一瞬で理解できる人はなかなかいないように思います。(笑)
でも、電子書籍の場合は、配信をして、売れた分のお金だけ1〜2ヶ月後に入金されるといった『普通のビジネス』になります。だから企画力や編集機能みたいなものが、より問われることになりますが、一方で、ビジネスの側面では、新たなプレイヤーの参入は、はるかに容易になるはずです」

―つまり、良いものを作っていくということが大切になるというわけですね。でも、それはかなりシビアな評価が下されるようにもなるということですよね。では、次はユーザーからの視点の話で、電子書籍の利点はどこにあると思いますか?

「利点は、一つには、たくさんの本が持ち歩けるようになるということです。私自身の感想として、法律や会計などの分厚くて重い専門書を鞄に入れなくてもいいし、『本棚丸ごとを持ち歩いているのと同じ』というのは嬉しいです。ただ、iPhoneだと書籍を読むにはちょっと画面が小さいですし、iPadだとポケットに入れて持ち歩くには大きいので、Appleからも7インチくらいの画面のタブレット端末が出ないかな、と思っています。AppleのCEOのスティーブ・ジョブズ氏は7インチが嫌いなようなので、当面難しいかなとは思いますが(笑)」

―昨年の11月に、作家の村上龍さんが「G2010」という電子書籍の制作・販売会社を設立したりするなど、昨年の後半に文芸作品の積極的な電子書籍への参入が見られました。また、編集プロダクションが出版社を介さずに電子書籍を制作し、アプリとして販売するという事例も生まれています。このような動きについてはどうお考えですか?

「当然、そういった話は出てきますよね。インターネットが1990年代中盤に一般に解放された頃、『インターネットは参入障壁が低いから、誰でもネット上でお店を開いたり、情報を発信できるようになる』と言われました。確かに、あまり儲からない趣味的な情報発信が容易になった一方で、本当に収益性の高いビジネスを構築できる会社は、グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックといった一握りのプラットフォーム的な企業に集約化されつつあります。将来は、そうしたプラットフォームが世界を寡占し、その上で情報を発信したり、ビジネスをしたりという傾向が、より強まると思います」

―プラットフォームについては磯崎さんが以前、ご自身のブログや「アゴラ」の方でも言及していらっしゃいましたが、電子書籍もそういった「プラットフォーム」の存在が必要である、と。

「そうですね。結局今はいろんな規格があったりしますので、『本当に、このプラットフォームの上で電子書籍を買って、将来も利用できるのか?』というところに不安を感じている利用者も多いと思います。今後、『こういった電子書籍を買うなら、あそこ』といったプラットフォームが生き残っていくと思いますが、まだ“必ずここが勝つ”と言えるところがあるわけではないですよね」

―現状を見ると、iPhoneやiPad対応のアプリが優勢に見えますが…

「と思っていたんですが、先日から、Appleが単体アプリ化した電子書籍に対してリジェクト(拒否)するということが起きているそうです。電子書籍を簡単にアプリ化できるツールまで開発していたのに、アプリ形式の電子書籍がAppleから拒否されてしまって戸惑っているという声がありました。まだ、ePub(電子書籍ファイルの標準形式)の規格が日本語の対応に出来ていないのに、アプリでなくiBooksで売れ、と。生き残ったプラットフォームは、データ形式やインターフェイス、課金などが一元化されて、読者から見て使いやすくなるはずですが、一方で、寡占化したプラットフォームが優越的な立場を濫用する『暴君』になる危険を、皆、ひしひしと感じているのではないかと思います。」

―行き場所がなくなってしまった、と。電子書籍の制作をツール化した途端、いきなり方向転換しろというのは極めて難しい話です。

「そうですよね。だから、今は非常に先の見えにくい時期といえます。今年の後半や来年の前半くらいまでには方向性が見えてくると思いますが…。
また、昨年『起業のファイナンス』(日本実業出版社/刊)という本を執筆しまして、これは私の初めての本になるのですが、売る側からしてみても、他の電子書籍の販売実績を聞くと『自分の本は、電子書籍化しても、まだそんなに売れないだろうな』という気がしました。私は、読者としては、一日でも早く電子書籍が普及してくれればいいと思っていますが、読者や出版社側に立って考えると、かけた手間に対する見返りが、まだ見えない状況だと思います」

後編「フレキシブルに対応できる出版社が生き残っていく」はこちらから

【磯崎哲也さんプロフィール】
 1984年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。長銀総合研究所で、経営戦略・新規事業・システムなどの経営コンサルタント、インターネット産業のアナリストとして勤務した後、1998年ベンチャービジネスの世界に入り、カブドットコム証券株式会社社外取締役、株式会社ミクシィ社外監査役、中央大学法科大学院兼任講師などを歴任。現在、磯崎哲也事務所代表。公認会計士、システム監査技術者、公認金融監査人。
Twitterアカウントは@isologue
著書に『起業のファイナンス』(日本実業出版社/刊)
ブログ及びメルマガ「isologue」を執筆。

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