年齢のせいもあるのだろうが、最近は正式の結婚式というものに招待されることが少なくなってきた。招かれても披露宴という形式ではなく、友人を集めてのウェディング・パーティーというやつだったりする。新婦のご友人が「てんとう虫のサンバ」を歌い踊ったり、新郎新婦入場のときにドライアイスの霧が流されたりするような披露宴、ご無沙汰だなー。
 というわけで最近の結婚式事情というやつに私は不案内だったのだが、辻村深月『本日は大安なり』を読んでいたら、費用の相場は三百万円前後という話が出てきて、ちょっと意外に思った。思ったより高い。バブル末期のころと、ほぼ同じぐらいなんじゃないの? 夢の産業というものは、あまり廃れないんだな、と感心したのであった。
『本日は大安なり』は、同日に同じ場所で披露宴を行うことになった、四組のカップルをめぐる物語である。舞台となるホテル・アールマティは、県下でも有数の結婚式場だ。そこでウェディング・プランナーとして働く山井多香子は、かつて婚約者から醜い裏切りに遭い、挙式直前に結婚話を破談にされた過去を持つ。しかし彼女は、その経験から結婚式場というものに関心を持ち、自らの職とすることを決めたのだ。
「......その時に思ったんです。人をがっかりさせない、特別な世界の住人に徹するのって楽しそうだなって。結婚式って、大っぴらにお金を使える非日常の魔法の空間みたいなところがあるでしょう? その住人になりたいと思ったんです。ディズニーランドのキャストみたいなものなのかも」
 十一月二十二日、日曜日、大安。しかし、その日ホテル・アールマティにやってきたのは、晴れの席には不似合いな企みを持った者であったり、周囲の人々からの祝福を素直に受けられない秘密があったり、面倒な事情のカップルばかりであった。作者はまず、それらのひとびとを一斉に式場内にばらまき、その外面の描写にかかる。刻一刻と運命の瞬間へと向けて進んでいく時計の針が物語に緊迫感を与え、同時に人々の顔を覆っている謎めいたヴェールが一枚ずつ剥がされていく。情報を読者から秘匿したまま時間が過ぎていく、というミステリーの技法が効果を上げ、読者は一気に小説世界へと引き込まれるのである。
 辻村深月はメフィスト賞というミステリー寄りの新人賞の出身であるが、同時に青春小説の書き手としても名を上げてきた。『太陽の坐る場所』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』といった作品群では、女性だけがいやおうなしに社会の中で対応を迫られる、同調圧力の面倒くささのようなものを描き、少しずつ作域を拡げていっていることを周囲に知らしめた。
 本書でも、山井多香子によって「ニセモノのギャル」とレッテルを貼られる新婦・大崎玲奈や、結婚式の席に企みを持ち込もうとする双子姉妹、加賀山鞠香・妃美佳の描き方などは出色である。特に後者に関して言えば、二人がそれぞれ異なった思惑を持ちながら一つのことを成し遂げようとしているところを絶好のコントラストで描き、互いに反射を当てあう二つのクリスタルのような、際立った印象を小説の中で醸しだすことに成功している。この加賀山姉妹のキャラクターは素晴らしい。あ、あととんでもない馬鹿オトコも出てくるので、読んで呆れてみてもらいたい。ムカムカっとくると思うが、そのムカムカもきちんとスパイスとして機能していることに気づくはずだ。
 山井多香子が言うような「人をがっかりさせない、特別の世界」が作り出された小説である。結婚式が非日常空間の極みであるのと同様、特別な祝祭感がこの作品には備わっている。おそらく2011年は、辻村深月が一化けするのを目撃する年になるはずだ。雑誌連載作品が一冊にまとまり、これからばたばたっと続けざまに本が出てくる。その第一弾が、『本日は大安なり』なのである。これから挙式を考えている人も、式の思い出が遠い過去になってしまった人も(もちろん、今のところ予定が無い人も)一読をお薦めする。
 あ、ちなみに私は仏滅の日に式を挙げました。安かったんだよ、そのころ。

(杉江松恋)







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