うそとさよなら

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今回は槙野さやかさんのブログ『傘をひらいて、空を』からご寄稿いただきました。

うそとさよなら
これからもがんばってくださいと誰かが言った。またどこかで。私も頃あいを見て彼に近寄り、あいさつした。それもう飽きましたと彼は言った。みんな同じこと言う。

だって定型句は便利ですよと私はこたえた。送別会では、またいつか。結婚式ではおめでとうございます。お葬式にはご愁傷さまです。あらかじめ決まっていてありがたいことです。いちいち考えていたら疲れてかなわない。

おめでとうとかご愁傷さまはいいです、と彼は言う。うそじゃないですから。内心この野郎と思ってておめでとうって言うこともあるけど、それはそいつが個人的にうそつくだけの話なんで。でもこういう、送別会的な場でのせりふって何なんですか。「また」って、百パー嘘じゃないですか。二度と会わないのに。

私は笑って、いいですねと言った。まっとうです。あと、ひゃくぱーっていう響きがラブリィです。そうやって大人ぶってうそを許容するのってべつに大人でもなんでもないと俺は思いますと彼は言う。

俺は二度と会わない人とまた会うふりをするのはばかみたいだと思うし、二度と会わないのがいやならそれなりの努力をすべきだと思います。会いたい意志を示すために「また」って言う。そこでうそつくのが嫌いなんです。仕事の関係じゃなくても、なんかでわっと盛り上がって、またねって言って、それっきりになることはいくらでもあるじゃないですか。ああいうの好きじゃなくて、二度目があるようにちゃんとセッティングします、ほんとにたのしかったら。

正しいですねと私はこたえた。でもその正しさに私たちの多くは耐えられない。少なくとも私は耐えられないから、決まり文句でうそをつくんです。

この世のたくさんの「またね」はうそだ。「see you」も「再見」もうそだ。私たちの多くは二度と会わない。人々はただ目の前を通り過ぎる。なぜなら立ち止まるだけの価値がないからだ。私たちはそれに耐えられない。正しくあきらめて、「そうであるのなら(左様なら)」と告げることができない。だからうそをつく。

いつだったか、やたらと多くの女性と親しくなる男の人から、初対面の相手と快適に過ごす工夫について聞いたことがあった。親しい関係のふりをするんだよとその人は言った。僕らの関係は永続的に続く、今日はその最初の日だというふうにふるまう。誰だってその日限りの殺伐とした関係なんて求めてない。いや、求めてるよ、でもそのさなかにそれをあからさまにされることは求めていない。だから今度食事に行こうと言う。また会ったらああしよう、こうしよう。そう言う。そうするとたのしい。わかる?

わからないと私はこたえた。私は誰かが今度と言えば今度があると思うよ。ばかだから。言いながら、うそだなと自分で思った。そんなお芝居が完全に遂行されるはずがない。うその気配を感じないはずがない。会ったばかりの人でなくても同じことだし、友だちであっても同じことだ。

目の前で笑って話している誰かが私を排除しようとする気配を感じたとき、それに従うほかの選択肢は私には見えなかった。相手はこれきりにしたいのだと察したら、それに気づかないふりをしていいようにさせるほかに、私に何ができるだろう。犬みたいに腹を見せてもっと遊んでくださいと乞えば何かが変わるとでも?

その人は愉快そうに笑って、マキノさん真に受けるタイプでしょうと言った。都合のいいうそを頭から信じていい子にして待ってたことあるでしょう、マキノさん、ばかだから。私も笑って、そうありたいと思っているよとこたえた。私は善良で愚直なばかでいたいと思うよ。

嘘つきはいやだと私は思う。私のほしいうそは私のみっともない願望をむきだしにしてしまう。だから私もうそつきになってそれを隠さなきゃいけない。またね。またね。では次の機会に。またいつかどこかで。

宴もたけなわではありますが、と誰かが言った。たけなわ、と彼はつぶやく。私はうそをつく側の人間です、と私は言った。でも今回はさようならと言いましょう。さようならはいいでしょう、うそではないです。結構ですと彼は言った。さよなら。どうかお元気で。

それからひと月ばかり経って、ターミナル駅のカフェで小説を読んでいると、席を探している人と目が合った。よく見ると、送別会で送り出した彼なのだった。無視するかなと思っていたら、眉間にしわを立てたまま寄ってきた。いま出るのでこの席に座るといいですよと私は言った。ありがとうございますと彼はこたえた。私は席を立って、ではまた、と言った。彼はとてもいやそうな顔のまま、さよなら、と言った。

執筆: この記事は槙野さやかさんのブログ『傘をひらいて、空を』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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