小説・音楽・翻訳 マルチな才能を持つ作家・西崎憲の素顔(2)

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 前回、新刊『蕃東国年代記』(新潮社/刊)が好評の西崎憲氏に、この作品のアイデアの源や執筆エピソードを伺った。
 しかし西崎氏は、元々は翻訳家として活躍、これまでにも『ヴァージニア・ウルフ短編集』や『ヘミングウェイ短編集』(どちらも筑摩書房/刊)を翻訳し、柴田元幸氏や岸本佐知子氏などの“大御所”翻訳家からの評価も高い。
 しかし、西崎氏は取り立てて英語が得意だったわけではなく、本格的に勉強を始めたのは成人してからだったそうだ。
 
■『買ってくれた人が本棚の一番大事なところに置きたくなるようなものを書きたい』

―作家であり、翻訳家であり、音楽家でもある西崎さんですが、経歴などの情報はあまり出回っていません。ここで簡単な経歴を教えていただいてもよろしいでしょうか。

西崎「青森出身で、高校を卒業してすぐに音楽をやりたくて上京してきました。仕事は正社員を10カ月やった後はずっとフリーターでしたが、そのうちに音楽関係の知り合いができたので、おニャン子クラブの曲を少し書かせてもらったりもしていました。音楽と平行して本もすごく好きだったので、ファンタジーやSFの同人誌と関わっていて、そこで翻訳をするようになりました」

―語学は子供のころから得意だったのでしょうか。

西崎「いえ、英語の成績はずっと“3”とかでした(笑)
英語の勉強を始めたのは27歳の時で、その頃は“thought”は“think”の過去形だったんだ、というレベルでしたよ。でも勉強をして、出版社に翻訳の企画の持ち込み、それがうまく行ってくれたおかげで翻訳の仕事をするようになりました。
その後「dog and me record」という音楽レーベルを始めました。歌謡曲の作曲やアレンジは性に合わないところがあるので、全然儲からないけど自分でレーベルをやって、それが回転していく位の収益が見込めればなと思ってやっています。
基本的には、僕には音楽と文章という2つの柱があって、後は短歌を創ったり映画を撮ったり。映画はもう5年やっていてまだ完成していないのですが(笑)」

― 音楽・映画・文章・短歌と多彩な活動をされていますが、どれか1つに絞ろうと考えたことはなかったのでしょうか。

西崎「小説だけやっていたらすごい小説家になっていたんじゃないか、とか半ば嫌味で友達に言われるんですけどね。でも仕方ないとしか言い様がないです。
基本的におもしろがりで、何をやっていても創る方に向いてしまうんです。映画を観ていてもカメラワークだったり、効果音の入れ方だったりがすごく気になってしまって、そのうちに自分で撮ったほうがいいんじゃないか、となってしまう。何に関してもそうで、何でも自分でやっているとこうなってしまいますね。
これはいいことだとは言えないかもしれません。実際、並行していろいろなことをやっているとなかなか進まないので他の人には勧められないです」

―同時にいろいろなことをされていると、自分の能力が分散してしまっている感覚を持ったりはしませんか?

西崎「それはないです。よくしたもので、アウトプットが違うと、違ったアイデアが出てくるんですよ。例えば短歌と小説は全然手触りが違っていて、同時期に両方やっていたとしても、それぞれに違う人格が出るようです。
それに、もしどれか一つだけをやっていたら、行き詰り方もすごいと思うんですよ。でも、いくつかやっていると、行き詰った時はそれをひとまず置いておいて違うことをやっていると、いつの間にか突破口が見つかっていることがあります。ただ時間が取れないというのがあって、それは表現をする者にとって大問題です」

―作家・翻訳家としてのルーツといいますか、本の世界に入っていったきっかけはありますか。

西崎「小学生の時に読んだ江戸川乱歩ですかね。小学校3年くらいの時に読んだ江戸川乱歩の『一寸法師』という作品がとてもおもしろかったんです。当時あまり本は買ってもらえなかったので、その時からたくさん読み始めたわけではないのですが、その経験は今でも忘れていないので、一つのきっかけではあったのかもしれません。
ただ、『一寸法師』は子供が読むべきものではありませんでしたね。挿絵つきだったのですが、その挿絵っていうのが一寸法師が生首を持って舐めているシルエット(笑)」

―(笑)音楽家としての活動についてお聞きしたいのですが、上京された当時の音楽的嗜好はどのようなものだったのでしょうか。

西崎「東京に出てきた頃はレッド・ツェッペリン。始まりにフォークがあって、ビートルズ、B.B.キング。その辺は皆と同じですよ」

―好きな小説作品や音楽作品を教えていただけますか。

西崎「まずはホルヘ・ルイス・ボルヘスの『砂の本』。あとはスティーヴ・エリクソンの『黒い時計の旅』と幸田露伴の『幻談』でしょうか。答える時と場所によって変わるのですが今思いついたのはこの3作です。
音楽は、ベル・アンド・セバスチャンの『The Life Pursuit』とジョアン・ジルベルトの『三月の水』。これは史上最高のアルバムだと思っていて、このアルバムの日本語版をつくってyoutubeのアップしようかとさえ思っています。もう一つはmon murmureの『Le bon bon』です」

―次回作以降、「こんな作品を書いていきたい」という目標はありますか?

西崎「『蕃東国年代記』の続編を書くことが一つあります。それと今進めている現代ファンタジーの作品があるのですが、それは「ゆみに町」という架空の街に住む女性作家の話です。もう1つは『sweet city and bitter suburb』という短編集で、孤独に生きる人々を描いています。シャーウッド・アンダーソンの『ワインズバーグ・オハイオ』的かもしれません。日常の中のちょっと飲み込みにくい話、どうしても心に残ってしまう話を書きたいと思っています」

―最後に読者の方々にメッセージをお願いします。

西崎「個人的には、買ってくれた人が本棚の一番大事なところに置きたくなるようなものを書きたいと思ってやっているので、もしそうなったらうれしいです。この本は、なるべく夜にゆっくりと言葉から情景を思い描きながら読んでいただけるとより楽しい読書体験ができるのではないかと思います」

■取材後記
 文学作品・音楽への造詣の深さはさすが。
『蕃東国年代記』の話だけでなく音楽活動や映画についても熱っぽく語る姿が印象的だった。
 西崎氏の小説作品は『世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ』(新潮社/刊)や『NOVA 2 書き下ろし日本SFコレクション』(河出書房新社/刊)でも読むことができる。どれも極めて独特な空気を持つ作品なので、本の世界にどっぷり浸かりたい人はぜひ読んでみてほしい。
(取材・記事/山田洋介)

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