小説・音楽・翻訳 マルチな才能を持つ作家・西崎憲の素顔(1)

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 幻想文学というジャンルの文学作品を読んだことはあるだろうか。
 古くは江戸川乱歩や夢野久作、1970年代の山尾悠子、最近では村上春樹なども幻想文学の要素を含む作品を発表している。
 翻訳家であり、音楽家でもある西崎憲氏の新刊『蕃東国年代記』(新潮社/刊)も、そんな幻想小説の系譜に属する。
 この作品で西崎氏は、日本海に浮かぶ架空の島国「蕃東国」の中世を描き好評を博しているのだが、特筆すべきは「蕃東国」がまるで本当に実在した国なのではないかと思わせる、その設定の緻密さである。
 この架空の国「蕃東」のアイデアはどこから出てきたのか、西崎氏にお話を伺った。
 

■『英米の人が空想だけで描いた東洋がとても幻想的だった』

―本書『蕃東国年代記』(ばんどんこくねんだいき)を大変楽しく拝読させていただきました。お聞きしたいことはたくさんありますが、まずはこの作品の着想のきっかけをお聞きしてもよろしいでしょうか。

西崎「僕は小説を書く前から翻訳の仕事をやっているのですが、イギリスやアメリカには東洋趣味の芸術作品が多いんですよ。例えば“シノワズリ”というものがありますし、小説にしても、空想の中の東洋を舞台にした小説も書かれています。そういった作品を読んでいた時に不思議な感じがしていました。どういうことかといいますと、英米の人が空想だけで描いた東洋がとても幻想的で、東洋人である僕にもヴィヴィッドに響いてきたんです。
つまり、僕らがこの本で描いたような古典の世界に思いを馳せる時の立ち位置というのは、そういった英米人の立ち位置と変わらないという気がしたんですよ。
時間の彼方に行ってしまったものを思うことで、英米人たちと同じように、現代の日本人にもおもしろいものが作れるのではないかと思ったのが最初ですね。倒錯した理由ではあると思いますが」

―本作には、各章の最後に架空の参考文献や、それを出版した架空の出版社の名前が掲載されており、フィクションだと知りつつも、読み進めるうちに蕃東国は本当にあったのではないかと思わされてしまいます。お書きになったご本人に確認させていただきますが、この作品はフィクションですよね?

西崎「はい、フィクションです(笑)」

―参考文献の箇所もご自身でお書きになったのでしょうか。

西崎「そうですね。でも、“架空の参考文献”を出した出版社の名前などは、今の日本でそういったジャンルの文献を扱いそうな出版社の名前をなんとなく意識して書いています。例えば博文館という実在の出版社があるんですけど、その出版社は以前は歴史の本なども出していたので、蕃東国についてもそういった本を出している版元は博文館に似た名前であったり。
古本マニアにしかわからないことだとは思いますが、そういったディテールにもこだわりました」

―蕃東国は西崎さんが創りあげた架空の国ですが、この国が現代まで続いているとしたらどのような国になっているとお考えですか?

西崎「蕃東国は日本海に浮かぶ島国ですから、ある程度日本と似たものになるのではないでしょうか。医学や文化が発達し、外交は親アメリカと親アジアで揺れていたり。思想的には儒教的思想が中心になってはいますがキリスト教の要素も入っていて、という感じになると思います。
井上ひさしさんの作品に『吉里吉里人』という小説があるのですが、吉里吉里国が日本から独立するための切り札の一つとして、優秀な医学者を抱え込むというものがあります。突出した技術・文化をもとに立国しようとしたのですが蕃東もそういうことになるのかもしれません。
『蕃東国年代記』の現代編や近未来編も書きたいと思っています。それは今回の作品とは全然違ったものになるだろうし、読者も違った層になるだろうと思っています」

―それは是非読んでみたいです。

西崎「僕は幻想文学ばかり書いてきたのですが、20世紀まではそれだけでいいと思っていたんです。でも21世紀になってから、もっと自分の作品に現代との関わりを持たせた方がいいんじゃないかと考えるようになりました。こうして生きている以上、現実世界の政治状況にも興味はありますし、それに対して何らかのことをしてもいいのかなと考えるようになったんです。だから、蕃東国を舞台にしたポリティカルフィクションもありだなとは思っていて、いい題材が頭に浮かんでまとまりそうだったら書いてみようと考えています。それでこそ蕃東国“年代記”になると思うので(笑)」

―本書を書くにあたって、かなりの資料が必要だったかと思いますが、実際の参考文献としてどのようなものをお読みになったのでしょうか。

西崎「ほとんどはこれまでの読書経験を通して頭の中に溜まっていたものだと思います。主なところでは民俗学、民族学や古典、中国の志怪小説、日本の古典・説話などですが、
どの文献のどこから取ったということをほとんど覚えていないので、参考文献と言われるとすごく困ってしまうんです。
でも最初の頃は平安時代を念頭において、『時代考証』的なことをやっていたのですが、途中で、幻想の国なんだから独自のものがあって当たり前だなと、頭を切り換えたところがありますね」

―執筆にあたって特に注意されていた点がありましたら教えていただければと思います。

西崎「最終章の『気獣と宝玉』だけ終わらせ方をどうしようかな、というのはありましたね。この本は心理描写がほとんどない、説話的文体でもあるわけですが、全体的に“物語のための物語”は排除したかった。
例えば冒険を終えて主人公が帰ってきた時、そこには様々な描写が考えられるわけです。“都が近づき、高塔の影がほのかに向こう側に見えて胸がいっぱいになった”などといった描写はあり得るのですが、あえて全体的にざっくりと、遠い所から描写することを意識していました」

■次回 『買ってくれた人が本棚の一番大事なところに置きたくなるようなものを書きたい』に続く


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