混迷のエジプトで、取材の「正義」を語っても意味がない

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 反政府デモで揺れるエジプト。冷戦の終結を導いた1989年の「ベルリンの壁崩壊」に並ぶような歴史的出来事が、いま中東で起きている。そして、世界から注目される出来事が起これば、そこには多くの大手マスコミ記者やフリージャーナリストが集まる。

 2月2日から3日には、ムバラク大統領支持派と反政府デモ隊が衝突した。その際、取材中の記者らが、大統領支持派によって襲撃され、エジプト治安当局によって拘束されたという(文末のリンク記事を参照)。

 筆者は、1990年から12年間、カンボジアに滞在した。ポル・ポト時代の研究をおこないながら、日銭を稼ぐため、おもにNHKの番組制作を手伝った。首都プノンペンで暮らし、取材で各地を駆けまわる日々であった。

 1992年には、デモ隊と治安当局の衝突で銃撃戦になり、暮らしていたホテルの窓が流れ弾で割れてしまったことがある。また、1997年には、二大政党のケンカが砲撃戦に発展し、家の近くに配備された戦車が砲弾を撃ちまくるようなこともあった。

 ある国の治安が悪くなることは、ニュースのネタになることを意味する。大手マスコミの記者やフリージャーナリストが、ハイエナのように集まってくる。とはいえ、身の安全が保証されないくらい治安が悪化すると、大手マスコミの記者はいなくなる。

 それは、ある意味で正しい判断だ。死んでしまったら、報じること自体ができなくなってしまうのだから。そして、多くの場合、大手の仕事を委託されたり、大手に仕事を売り込もうとするフリージャーナリストたちが、現場に残るのである。

 混乱の現場に身を置き、取材するのは自由だ。しかし、警察や軍など、安全を保証する歯止めが利かない現場で取材することは、生死の境目があいまいな場所で活動することを意味する。たとえ、フリー・ジャーナリストが現場で死んでも、仕事の発注元であるマスコミは何もしてくれないことが多い。

 そんな現場で、「報道への攻撃はいかなる状況下でも認められない」(クリントン米国務長官)などときれいごとをいっても、全く意味はない(原理原則としては正しいが)。カンボジアでの取材経験からいえば、とにかく「死の危険があるような場所には近寄るな」と言いたい。

 繰りかえすが、いくら価値のある取材をしても、死んでしまったら、それ以降は何も報じることができなくなるのだから。みずからの死と引きかえにしてまで取材をする価値のある対象など、この世には「ない」と筆者は考える。

■ 参考リンク
記者襲撃相次ぐ 民間団体 言論弾圧と政府非難

(谷川 茂)


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