「虚像」としての大相撲

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(※この画像はサイトのスクリーンショットです)

 大相撲の現役力士が、メールを使って八百長をしていた可能性があることを、2月2日に毎日新聞がスクープした。野球賭博事件にたんを発した力士の不祥事が、捜査を進めているうちに、八百長疑惑へと行きついたかたちだ。

 これまで、大相撲の八百長ネタについては、「週刊現代」や「週刊ポスト」などの週刊誌が力を入れて報じてきた。多くは、元力士の証言による暴露記事であった。だが、どれだけ記事が掲載されても、柳に風といわんばかりに、日本相撲協会は暴露された内容を受けながしてきた。

 といっても、今回ばかりは日本相撲協会も大ピンチだといわざるをえない。八百長をした「記録」は、確実に「証拠」となってしまうからである。3日には、八百長を「否定しません」という力士まであらわれた。

 一方で、「八百長、八百長」と鬼の首をとったように報じるマスコミの姿勢にも、それを見聞きして「八百長はだめだ」などと真顔で語る視聴者や読者の姿勢にも、筆者は「ちょっと待ってよ」と言いたい(以下、けっして八百長を肯定しているわけではないので、あしからず)。

 大相撲だけでなく、プロレスなどの格闘技にもいえることだが、ようは会場に観客が来てもらってなんぼの商売だし、テレビで視聴率をあげてなんぼのお仕事である。いずれも「入場料を取って公開する芸能・スポーツ・見世物などの催し。また、その催しを行う」(大辞林)、すなわち「興行」なのだから。

 大相撲でいえば、限られた人々が定期的に対戦をするようになり、そこに「賞金」などのおカネがからんだり、番付の上下などがからんでくれば、みんなが共存できるようにバランスを取ろうという考え方が生まれて当然であろう。

 力士Aは、負け越せば三役から陥落。でも、次に対戦する格下力士Bに勝てば、勝ち越し。こんなタイミングで、AがBにおカネをわたし、「次は負けてくれ」と願い出て、Bはそれを了承。Aは三役に残れるし、Bにはまとまったカネが入る。まさに、WIN-WINの関係ではないか……。

 と、ここまでは冗談半分で書いてみたが、大相撲中継にしてもプロレス中継にしても、テレビ局側の編集や演出、力士や選手による何らかの調整(例えば「八百長」)などで加工された「虚像」であることを忘れてはいけない(それが「興行」だから)。大相撲だけじゃない。テレビドラマに感動するのも同じこと。

 いずれも視聴者や観客に見てもらうために作られた「虚像」なのだから、そこに深い意味など求めたら、あとでやけどをするのは自分なのではないか。いや、別に相撲やドラマに意味を求めてもいいが、同時に「これ、ほんとかよ」と疑うような心のゆとりがほしいものである。

(谷川 茂)


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