「鳥は量子もつれで磁場を見る」:数学モデルで検証

写真拡大

Lisa Grossman


ヨーロッパコマドリ
Image: Ernst Vikne/Flickr

鳥類は、地球の磁場を「見る」ために量子力学を利用しているらしい――この問題を研究している物理学者チームによると、ヨーロッパコマドリはその視覚細胞において、量子もつれの状態を、最も優れた実験室でのシステムより20マイクロ秒も長く維持している可能性が考えられるという。

鳥類に限らず、一部の哺乳類や魚類、爬虫類、さらには甲殻類や[ゴキブリなどの]昆虫(日本語版記事)も含む多くの生物は、地球の磁場の方向を感知して移動の手がかりとしている。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の物理学者Klaus Schulten氏は1970年代末に、鳥類の目の中では、地磁気を感じ取る未知の生化学反応が起こっており、鳥類はそれを頼りに移動しているとの説を唱えた。

その後の研究で、鳥の目には「クリプトクロム」というタンパク質を含んだ特殊な視覚細胞が存在することが明らかになった。光子が目に入り、クリプトクロムにぶつかると、「量子もつれの状態で存在する電子」にエネルギーが供給される。[励起状態になり、「ラジカル対」と呼ばれる状態になる(日本語版記事)]

その結果、2つの電子の一方が、数ナノメートル離れ、対になっているもう一方の電子とは少しだけ異なる磁場を感知する。磁場がこの電子のスピンをどのように変化させるかによって、さまざまに異なる化学反応が生じる。理論上は、鳥類の目の全体で生じるこうした化学反応の多くが、地球の磁場を、さまざまに変化する光と影のパターンとして描き出していると考えられる。

実験室でのシステムでは、原子を絶対0度近くまで冷却しないと、量子もつれの状態を1000分の数秒より長く維持できない。これに対し、生体では温度と湿度が高すぎて、量子状態を長い間維持することはできないように思われる。だが実際には、維持できているように見えるのだ。

カリフォルニア大学アーバイン校の物理学者Thorsten Ritz氏が中心となり、2004年に発表された研究(PDFファイル)では、地球の磁場のみの影響下にあるコマドリは、方角を間違えることなくアフリカへと渡りを行なうことができるが、地球磁場のほかにもう1つ振動磁場の影響が加わると、コマドリの体内コンパスは正常に働かなくなることが証明された。この2つ目の磁場はごく弱く、「地球磁場の1%」の3分の1にも満たないため、それが影響を与えたとすれば、量子に感度を持つ何らかのシステム以外には考えられない。

そして今回、『Physical Review Letters』誌に発表された新たな研究において、オックスフォード大学およびシンガポール国立大学の量子物理学者Simon Benjamin氏らの研究チームは、Ritz氏が行なった実験の数学的モデルを構築した。このモデルには、地球磁場、弱い2つ目の磁場、そして鳥類の磁気感覚のもとになっていると考えられる量子システムが含まれている。

計算によると、実験に使われたような弱い磁場を感知するためには、鳥の目の中で量子もつれの状態が少なくとも100マイクロ秒(0.0001秒)は維持されなければならないという。

これについて検証するために、Benjamin氏は「N@C60」と呼ばれるエキゾチック分子[原子・分子を構成する原子核または電子を、他の荷電粒子(陽電子、ミュオン、反陽子、パイオン等)で置き換えてできた原子・分子を「エキゾチック原子・分子」と呼ぶ]を用いた。N@C60は、炭素でできた幾何学的なケージ構造の内部に、窒素原子1個を収めたものだ。この分子は、量子もつれ状態を維持する実験システムとして、最もよく知られたものの1つだ。

N@C60は、室温の環境では、量子もつれを80マイクロ秒しか維持できない。これは鳥類が維持していると思われる時間の5分の4だ。


N@C60の構造
Image: Simon Benjamin

[日本語版:ガリレオ-高橋朋子/合原弘子]

WIRED NEWS 原文(English)

  • 渡り鳥は磁場が見える:青色光受容体と磁気の感知2009年6月30日
  • ゴキブリは磁場が見える:渡り鳥と同様のシステム2009年10月20日
  • 「生体における量子効果」を米軍が研究2010年3月16日
  • 「光合成は量子コンピューティング」:複数箇所に同時存在2010年2月10日