知らないあいだに怪人作家・平山夢明の本が二冊も出ていた。平山といえば実話怪談で名を馳せ、短篇「独白するユニバーサル横メルカトル」(光文社文庫同題短篇集に収録)で第59回日本推理作家協会賞、長篇『ダイナー』(ポプラ社)で第28回日本冒険小説協会大賞を受賞した異形のホラー作家である。俗情と結託することを潔しとせず、常に独自の道を行き続ける創作姿勢は、多くの読者からの支持を集めている。平山の強みは、作者自身に小説に勝るとも劣らない強い個性があることだ。その人物像はファンの間ではよく知られていたが、今回の二冊によって広く知れ渡ることになるだろう。

 二冊のうち、先に出たのが『平山夢明と京極夏彦のバッカみたい、読んでランナイ』(FM TOKYO出版)だ。2009年から平山をパーソナリティとして始まったラジオ番組の内容を再録したもので、スタッフの腹積もりとしては「作家の方たちが入れ代わり立ち代わり出入りする出版社の会議室での会話」というものを想定していたらしい。しかし蓋を開けてみれば、第一回の収録から「番組の題名さえまだ決まっておらず、それについてどうするかを延々と話し合うだけ」という恐ろしい内容になった。パーティーで会った平山に出演を依頼された京極夏彦は、収録場所までやってきたらそういう体たらくで、しかも「レギュラーゲスト」という奇怪な肩書きで毎回出演することを要請されたのだという。あらゆる常識を無視する平山と、それをフォローするどころか、冷ややかにやり過ごす京極というバランスの壊れかけた会話が、絶妙の笑いを呼ぶ(おそろしいことに、現在でもこの番組は継続中である)。
 作品の中で主人公の名前が変わってしまうことがあるという平山と京極の会話を読んで、私はのけぞった。

京極 平山先生は締め切りきつ目じゃないですか。
平山 ええ、ええ。パンパンです。力道山のタイツみたいです。
京極 締め切りの日に、出来た部分だけメールしたりするでしょ?
平山 はい、はい。します、します。
京極 ね? 短編でも、書いちゃあ送り、書いちゃあ送り。でしょう。
平山 そうそうそう。
京極 そんなコマ切れにするから忘れるんです。数時間のうちに短編を分割してどうしますか。平山さんの担当編集者から聞いたことがありますよ、短編なのに最初と中盤と最後で、出てくる人が違ったって。

 そんな「プロの」作家がいたのか......。
 この他、本書に寄稿した北方謙三が「平山に頼まれて『ダイナー』に普段は断っている推薦文を書くことにしたら、送られてきた作品が未完成だった」件を暴露したり、平山の得意芸が「映画『シャイニング』におけるジャック・ニコルソンのモノマネ」であることを手塚眞が明かしたりと、さまざまな証言によって「怪人・平山夢明」の肖像が浮かび上がってくる(ついでに京極夏彦にも「膀胱が壊れている説」などさまざまな疑惑が浮かびあがってくるのだが、ここでは触れないことにする)。平山の幻のデビュー短編「Hot Plate」が読めるのも本書の魅力で、これがすごい話。ああ、この人は最初からいきなり出来上がっていた人なのだ、と納得させられるのである。

 もう1冊の平山夢明本が漫画家の児嶋都とタッグを組んだ『非道徳教養講座』だ。PR誌連載をまとめたもので、平山が「妙齢の賢女子」のために人の生きる道を説くというものである。それ、絶対人選が間違っているから!
 最初の3回こそ「賢い男の捨て方」「賢い親の裏切り方」「賢い友の裏切り方」と比較的まともな項目が並ぶが(束縛を捨てて自由になろうという話だから)、第5回で「賢い恩の売り方」をやったあたりから雲行きが怪しくなり、第7回「賢い自分の壊れ方」で完全に「賢女子向け」の世界からは離陸してしまう。だってこの回、例として挙げているのがロバート・アルドリッチの悲惨な戦争映画「攻撃」なんだもの。無能な上官の命令によって何度も死線を潜り抜けさせられる兵士の話だが、迫りくる死の恐怖によって「壊されて」しまった上官と、彼への怒りからブチ切れて「壊れて」しまった主人公を対比してみせるのだが、何その非常事態は。この辺から完全に『非道徳教養講座』はうわべの装いをかなぐり捨て、「みんなが平和だと思っている日常は、実は社会ぐるみの欺瞞と搾取と、いざとなったら投げ出せばいいや、といういい加減さに満ち満ちた剣呑極まりないものなんだ」という平山の主張を説き、「この世に在るものは常時生き残りを意識していなければならない」という原理を貫く、サバイバル・マニュアルへと変貌するのである。

 ----現在、お勤め中の賢女子の皆様も須らく会社に対しては、まず相手よりも先にこちらから〈絶望〉しなくてはなりません。想像しうる最悪の状況が既に自分を取り囲んでいるのだと覚悟しましょう。(第11回「賢い会社の使い方」)
 ----仕事というのは基本が変形流転しながらの経済活動、つまり合意による他者からの陰性収奪でありますから、(第12回「賢いスッピンの晒し方」)
 ----斯うした自分の趣味嗜好、嗜好嗜癖に対し、常人を遥かに超える考察と分析を徹底的に施し、欲望を論理的な認識へと鍛え上げようとする人種も存在します。其の最も顕著な集団に連続殺人犯がいます。(同)

 なるほど、平山夢明の目には社会がこのように映っているわけか。そういうことが判るという点でも、平山夢明という作家を知りたい人は本書を読むべきだろう。平山の言葉に対し疑義を呈し続ける、児嶋都のイラストも素敵である。

(杉江松恋)







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