「アフリカ取材の特効薬はミステリー」

 ジャーナリスト松本仁一さんの読書の夜明けは『イワンのばか』。

 「子供の頃、東京の大学に行っていた叔父が二人いました。帰省のたびに、人の叔父はチョコレートを、もう一人の叔父は本を買ってきてくれるので大好きでした。その本の中にあったのが『イワンのばか』。愚直な人が最後には悪魔に勝つという話です。当たり前の話じゃなかったからすごく印象に残りました。それから手当たり次第いろんな本を読むようになりました」
 
 青年時代は小説が中心。夏目漱石、芥川龍之介、アンドレ・ジイド...。名作文学と呼ばれるものはひと通り読んだ。東大に通い出してからは、ゼミの先生だった丸山眞男氏の本を何度も繰り返し読む一方で、カバンの中に入れていたのは漫画誌『ガロ』。子連れ狼やゴルゴ13に感じていた物足りなさを、つげ義春で補ったという。

 「わりとごく当たり前な、純情な青年でしたよ」。
 
 松本さんが朝日新聞社に入社したのは1968年、25歳の時。丁度その頃、朝日新聞の記者だった本多勝一氏の記事に出会う。せっかく記者になるのならこういう記事を書いてみたいという気持ちになった。

 「とにかくどこにでも入っていくんです。ベトナム戦争の頃、"ベトコン"というのは一体どういう人達なのかを書こうとして、アメリカ軍の爆弾がぼんぼん落ちてくるベトナムの戦場に入っていった。銃を持ってアメリカと戦っている農民達と、雨漏りのする小屋で幾日も一緒に食事をし、一緒に寝て。そういうのを記事にしていくんですから、すごい説得力がありました。アメリカはなんてばかな戦争をやってるんだってことが、それを読むだけでわかった。新聞報道っていうのは、大所高所から解説を書くことではない。当時、そういうことを一番ディープにやっていたのが本多勝一さんでした」
 
 それから12年後の1980年。松本さんは、後にライフワークとなる「アフリカ」に初めて降り立つ。"世界中を車で走り回る"という社会部の連載企画のためで、好んでアフリカを希望したわけではなかった。「西欧や北米はとっくに先輩記者が取ってしまっていて、アフリカしか余っていなかったんです」。
 
 5ヶ月に及んだアフリカ縦断の旅を終え帰国すると、以後はナイロビ、カイロとアフリカの特派員を歴任することになった。その後も取材のため、年に2〜3度はアフリカへ飛んでいる。アフリカの航空会社の飛行機は、平気で何時間も遅れるらしい。その上、親切なアナウンスも期待できないから、寝て待つのは危険だ。だから空港では、ひたすらに読書。

 「アフリカにいる間はミステリーをたくさん読みましたね。飛行機を待つ間、5時間あれば1冊は読めるから、往復で確実に2冊。飛行機に5時間乗っていればもう1冊読める」
 
 数多のミステリーを読みまくったが、読み終えた後も必ず書棚にとっておく三大作家がいる。一人は、ジャーナリスト出身で『戦争の犬たち』や『ジャッカルの日』などスパイや軍を題材にした小説で知られる、フレデリック・フォーサイス。若き日に影響を受けた本多勝一さんと同じくらい、松本さんにとっては大きな存在で、著書『カラシニコフ』の中では本人への直接取材も果たしている。それから「十戒シリーズ」のローレンス・サンダースは、「社会派ミステリーの一番本格的なもの」。骨学に詳しい人類学者が主人公の『古い骨』などの、アーロン・エルキンズも大好きな作家だ。

 「ミステリーってすごく没入できるでしょ。他のこと考えずにのめり込める。評論なんか読んでると、頭の中がどっち向きにも落ち着かなくなってしまうから」
 
 ミステリーにのめり込むという行為は、アフリカで過酷な取材活動を行う松本さんにとってのオアシスみたいなものなのかも知れない。


松本仁一(まつもと・じんいち)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。1942年長野県生まれ。東京大学法学部卒業。68年、朝日新聞社に入社。社会部員、外報部次長、ナイロビ支局長、中東アフリカ総局長、編集委員を歴任し、07年よりフリージャーナリストに。日本記者クラブ賞、日本エッセイスト・クラブ賞などを受賞。主な著書に『アフリカを食べる』『アフリカ・レポート』『カラシニコフ』など。


取材・文=根本美保子


〜後編は、松本さんの思考の一端を形作った3冊をご開帳! お楽しみに!〜
※本インタビューの模様は2011年1月29日(土)23:00〜のJ−WAVE 『BOOKBAR』にてオンエア予定です。







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