沖縄密約をめぐる日本政府の嘘

写真拡大

 1972年5月15日、沖縄が日本に返還されました。
 改めて振り返ると、今からわずか39年前の出来事です。

 当事、沖縄返還協定に絡み、ある新聞記者が国家の密約を暴いた結果、機密漏洩の罪に問われたという西山事件がありました。裁判は現代まで続き、2010年に逆転判決が下されました。この逆転判決にいたるまでの、様々な思いや人間ドラマが、『ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010]』(諸永裕司/著、講談社/刊)に描かれています。
 しかし、当時から注目を集めたとはいえ、今では西山事件を知らない方も多いかと思います。
 そこで今回は、この事件がどんな事件だったのかを紹介したいと思います。

■ 西山事件とは?
 1971年、佐藤栄作内閣の時に結ばれた日米間の沖縄返還協定において、公式発表ではアメリカが支払うことになっていた「地権者に対する土地原状回復費400万ドル」を、実際には日本政府が肩代わりしてアメリカに支払うという密約がありました。
 西山事件とは、この密約を、当時毎日新聞の記者であった西山太吉さんが暴いた事件です。

 西山さんが証拠として入手した極秘電文は、社会党の政治家・横路孝弘(よこみちたかひろ)さんの手に渡り、彼が国会で追求した事により明るみに出ました。これは当時の世論に大きな影響を与え、国民は日本政府に対して批判の目を向けるようになります。
 しかし、事件は意外な結末を迎えます。
 西山さんは、外務省の女性事務官に接触し、いわゆる不倫関係にある状態で、彼女からこの極秘電文のコピーを入手していました。
 この事実を掴んだ国は、西山記者と女性事務官に対し、国家公務員法違反の疑いで逮捕・起訴をしました。おおざっぱに言うと、論点を「密約の有無」から「国家機密の漏洩」にすり替えたのです。

■その後…
 さらに、裁判では起訴状に異例の文章を織り交ぜていました。「ひそかに情を通じ、それを利用して」という一文です。
 すなわち、西山記者が女性事務官と不倫関係にあり、それを利用して国家機密を入手した事は、取材対象の人格を蹂躙した行為であり、正当な取材活動の範囲を逸脱している、という内容で訴えを起こしたのです。

 この裁判により、世間の目は「日米間の密約」から「男女間の不倫関係」へと移り、国への批判から一転して、西山記者達に対して批判の目を向けるようになりました。
 その結果、西山記者及び、女性事務官は裁判に負け、世間や大手マスメディアから強い批判を受けるようになります。さらには、この女性事務官の夫婦はこれをきっかけにして、離婚する事になり、その後西山記者に対して激しい批判を浴びせるようになりました。

 一方の西山記者は毎日新聞を退社。
 郷里の北九州に戻り、親戚の青果会社で働くようになりました。

 これで終わりだと思われている西山事件。実はまだ終わりでは無かったのです。
 2005年に、琉球大学の我部政明(がべまさあき)教授と朝日新聞が、アメリカ側で公開された、密約を裏付ける文書を発見し、西山事件の本来の争点「日米間の密約」が再び浮上してきたのです。
 その後の裁判の結果、2010年に逆転判決が下りました。

 1972年に発覚し、2010年に決着のついた「沖縄返還協定における日米間の密約」を暴いた西山事件。
 本書は、その西山事件を綿密な取材と正確な筆致で描き出しています。
 昨年の普天間基地移設問題で再び日米安保に注目が集まっている今、西山事件は、日米関係について考え直してみるいいきっかけになるに違いありません。
読む新刊ラジオ:本書をダイジェストにしてラジオ形式で配信中!


【関連記事】 元記事はこちら
自衛隊、暴かれた“謎の組織”の謎
世界に認められた日本のすごい技術
これから衰退していくであろう企業に見られる兆候
“人間の思考の不合理さ”を体験してみる

【新刊JP注目コンテンツ】
小池龍之介『坊主失格』特集ページ
中2病だった僧侶/『坊主失格』新刊ラジオ