子どもがもっている純真さと残酷さ、羞恥心と浅はかさ。

 大人になると誰しもが、こうした感性を失っていきます。しかし、子どもはそれが特別なものだと気づきません。でも本人の意図しないところで、それらが絡み合ってしまう。そして、生み出される不幸。この物語にはその不幸の連鎖が描かれ、読む者を引きこんでいきます。

 道尾秀介が著した『月と蟹』の主人公は、小学5年生の慎一。2年前から鎌倉に程近い海辺の町に暮らしています。東京から引っ越したのは、父の会社が倒産したことと、父方の祖父の健康を案じてのこと。しかし、直後に父親が病死。残された母と元猟師で義足を使う祖父との3人暮らしとなり、楽とはいえない生活を強いられることになります。

 祖父が足をなくす原因になった船の転覆事故は、ある事情から慎一の友人関係にも影を落とします。仲良くしているのは同じく転校生の春也だけ。必然的になくてはならない存在になった彼らは、毎日のように海辺で遊ぶように。お気に入りはライターでヤドカリを貝からあぶりだすこと。そのうちヤドカリの神様、「ヤドカミ様」に願い事をするようになります。

 ときおり教室の机に入れられる、からかいや悪口の書かれた手紙、独り身の母の恋愛、自分の初恋、貧しい環境とそれに対する引け目。さらに友人が受ける虐待とネグレクト。いろいろな問題が主人公をがんじがらめにしていきます。けれど、淡々と日常は過ぎていく。

 家、学校、海辺、裏山という狭い世界の出来事なのに、随所にちりばめられた描写の積み重ねで物語に奥行きを与え、その深部を読者に考えさせる。春也の書く「ね」という文字のいたずら書きや、誕生日にまつわるエピソードがその一例ですが、それらによって、話の先を追うだけが楽しい小説とは一線を画すものになりえています。何かが心に残り、ひっかかる。結果、子どもである主人公の心情を分かち合うことになるのです。

 少年の頭の中でさまざまな事柄が膨張し、それが頂点に達するまで大きくなったとき、現実においてもすべてのことが結末を迎えます。悲しくも安堵を覚えるようなラスト、皆さんはどんな感想を抱くでしょうか。

 『月と蟹』というタイトルの由縁は読んでからのお楽しみ。これを読めば、ノミネート5度目にして初めて直木賞を受賞した、作家・道尾秀介の今後がますます楽しみになるはずです。



『月と蟹』
 著者:道尾 秀介
 出版社:文藝春秋
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