第144回芥川龍之介賞、直木三十五賞の選考会が17日、行われ、芥川賞に朝吹真理子さんの『きことわ』(『新潮』9月号)と西村賢太さんの 『苦役列車』(『新潮』12月号)、直木賞に道尾秀介さんの『月と蟹』(文藝春秋/刊)、木内昇さんの『漂砂のうたう』(集英社/刊)の受賞が発表された。なお、今回の受賞発表と記者会見はニコニコ動画でも生放送されており、4万人以上にのぼる来場者が視聴した。

 今回、直木賞を受賞した道尾さんはこれまで4期連続で候補に残ったが、惜しくも落選。連続5期目となる今回で悲願の受賞となった。
 『月と蟹』は小学5年生の慎一、春也という2人の男の子に、鳴海という1人の女の子を中心に展開する小説。ヤドカリを神様に見立てるささやかな儀式を繰り返しながら、子どものゆらぐ心と純粋で残酷な世界を描いた作品だ。

 本作に限らず『向日葵の咲かない夏』(新潮社/刊)など、子どもを主人公にした作品も多い道尾さん。しかし、どうして「子ども」を主人公に据えるのか。そんな疑問に対し、『月と蟹』の刊行時、道尾さんに行ったインタビューにおいて道尾さんは次のように語っている。

「子どもを主人公にすると普遍的なものを書ける可能性が高まります。また、大人を主人公にするのと、子どもを主人公にする、どちらが難しいかと言うと、子どもの方が圧倒的に難しいんです。使える語彙も限られてきますし、大人だと性格というのがしっかりしているので、動かしやすいんですが、小説に出てくる子どもはしっかりと描写しないとすぐに齟齬が出てしまう。でも僕は作家なので、難しいことと簡単なこと、どっちをやりたいか聞かれたら難しいことやりたい。出来たときに得るものが格段に大きいですから。そういうのも、子どもを描く理由の1つでした」

 子どもを通して描ける普遍性。それは純粋な世界に他ならない。道尾さんは本作で子どもたちがヤドカリを神様に見立てて遊ぶというその行為に対し、次のように述べる。

「子どもは既成の神様を信じる能力を持っていないですよね。だから自分たちで創るしかない。慎一君と春也君は、小学5年生だからおそらくは仏教やキリスト教は知識として知っているとは思うけど、それを信じる能力がまだない。だから、ヤドカミ様という神様を自分たちで創ったんです」

 こうした子どもたちの姿は、かつて誰もが経験したのではないだろうか。
 だからこそ、本作を読んでみると何か感じるものがあるだろう。

 また、『月と蟹』だけではなく、芥川賞、直木賞に選ばれた全4作品はすべて読みごたえのあるものばかりだ。もし気になる作品があればこの機会に是非読んでみて欲しい。
(新刊JP編集部/金井元貴)

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