最近、天然ボケが受けて、ブレイク中の具志堅用高(55)。

 今の若い人は、「あのとぼけたオジサン誰?」と思っている人も多いかもしれない。それはとんでもない話。具志堅は日本ボクシング界にさん然と輝く実績を残した、伝説の元プロボクサーなのだ。

 具志堅は沖縄県石垣島出身。ボクシングの名門校、沖縄・興南高校に進学し、インターハイで全国制覇。卒業後、名門・協栄ジムに入門した、いわばエリートボクサー。

 74年5月28日にデビュー戦を白星で飾ると、8連勝をマーク。9戦目の76年10月10日に、WBA世界ライトフライ級王者のファン・ホセ・グスマン(ドミニカ)を破り、同王座を奪取。デビュー9戦目での世界王座獲得は当時の国内最短世界王座奪取記録となった(現在は辰吉丈一郎、名城信男のデビュー8戦目が日本記録)。

 その後は並みいる強豪選手を退け、王座防衛を重ねた。81年3月8日、ペドロ・フローレスを迎えての14度目の防衛戦に敗れ、王座陥落。初黒星を喫した具志堅は、この試合を最後に現役を引退した。通算戦績は24戦23勝(15KO)1敗。引退後は白井・具志堅スポーツジムを設立し、会長として後進の指導に当たっている。

 この具志堅の防衛記録13は前人未到のものであり、約30年経った現在でも誰も破ることはできない偉業。最近では長谷川穂積がWBC世界バンタム級王者時代に、歴代2位の10度の防衛を果たしたが、具志堅には及ばなかった。おそらく、この記録を破る選手は、今後も出ることはないだろう。それほど、とてつもない記録なのである。

 ボクシングには厳格な体重規定があり、減量苦もさることながら、同じ体重をキープするには大変な節制が必要。実に4年10カ月にわたり、階級を変えずに防衛を続けた具志堅は、精神的にもタフであったのはいうまでもない。

 プロ野球界にたとえれば、ホームラン記録の王貞治や、安打記録のイチローに匹敵する具志堅の偉業。そんな彼が、今やバラエティ番組に引っ張りだこになるとは、世の中分からぬものだ。
(ジャーナリスト/落合一郎)

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