作者はあとがきにこう書いています。

 「当時友人が悩み事を抱えて電話してきたり、食事に行ったりしたことが多かったので、その続きのように原稿を書いていた。なんだか同じ年代の女性たちとおしゃべりしているような感覚だった」。

 作家・梨木香歩のエッセイ集、『不思議な羅針盤』は、彼女がたまたま出くわした人々とのささやかな交流や、身の回りでおきた自然の変化などを綴ったものです。「おしゃべり」と作者は言っていますが、書くことを生業としている人のそれは、気の向くまま書いたものだとしても、私たちのおしゃべりとはちょっと違います。

 彼女のエッセイは、読んでいる側からすれば、途中、これは小説だったかしら?と思うこともしばしばです。作者は、物語性のある日常を生きています。いや、些細な出来事からストーリーを紡ぎ出せるのが、作家という生き物なのかもしれません。

 たとえば、「『野生』と付き合う」と題した回では、まず、ミントという植物の旺盛な生命力について、語りはじめます。長い旅行から帰ってきたら、庭の水やりをやらなかったせいで、ミント以外は瀕死状態。作者は荒れた庭を嘆くのではなく、ミントを「雄々しく」感じ、「それに救われるような思い」をします。

 これを好機とばかりに、生のミントティーやミント水を作ったり、乾燥させて来客にプレゼントしたり・・・。ここまでなら、賢く楽しむ生活の知恵、といった類のものになりますが、作者は、「ハーブでも何でもそうだけれど、ものとの付き合いは、自分と世界との折り合いの付け方の一つの象徴的な顕れでもあるように思う」という心境にたどりつきます。

 けっして、生活の知恵の披露ではないわけです。

 そして、そんな凛とした言葉を読むと、彼女の代表作である『西の魔女が死んだ』のおばあさんを思い出します。

 さらにこの章には、自分の飼い犬をボルゾイが襲ってきたエピソードも。犬のボルゾイを「二次元の生物のように(コリーを寝押しして面積だけにした感じの、メガホンみたいな頭の犬である)平べったい印象の大型犬である」と説明します。ユーモラスな表現に妙に納得して思わず笑ってしまいますが、楽しい思い出ではなかったという気持ちが、この比喩からもわかります。これこそ、プロの書き手。彼女の小説に迷い込んだようなうれしい錯覚を、誰もが覚えるのではないでしょうか。

 また、このボルゾイに勇ましく挑む作者は、同じく『西の魔女〜』の主人公である少女のよう。あの素敵な物語に再会したような気分になります。ちなみに他の章で、少女と作者である自分は同一人物ではないという記述があり、こちらもたいへん興味深いのですが・・・。



『不思議な羅針盤』
 著者:梨木香歩
 出版社:文化出版局
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