帝国ホテルの客室係は部屋の掃除をするときに、前に泊まった客の痕跡をいっさい残さないことを鉄則にしているそうです。だから、「ベッドに寝てみて天井の亀裂を点検し、バスルームではバスタブに実際にからだを横たえて汚れを探す」といいます。バスタブからよく見ると「トイレの内側」がよく見えるのだそう。帝国ホテルで長年にわたり客室を担当し、定年後も特別社員として客室課マネジャーを務める小池幸子さんは、この鉄則が"おもてなし"の大前提と言います。

 帝国ホテルは、2010年でちょうど創業120年。その存在感は他を圧倒していて、どうしても敷居の高さを感じてしまいます。それは、作家・村松友視においても同じようで、「その帝国ホテルの特別性、威厳性、伝説性へのたじろぎ、ひるみ、尻込みに終始して、どちらかと言えば馴染むというよりも、敬して遠ざけるという苦肉の策を労しつつ、時おり足を向けることをつづけているタイプ」だと自己分析しています。

 そして著書『帝国ホテルの不思議』を執筆するにあたり、「帝国ホテルとは何ぞや......と大上段に振りかぶるのではなく」各部署に配属されている"現場の人"へのインタビューによって、帝国ホテルとは何かを紐解こうと試みています。

 総支配人、総料理長はもとより、ドアマン、ベルマン、フロント、ソムリエ、メインバーのスタッフ。そしてしばしば"帝国ホテルらしさ"の象徴としてマスコミに取り上げられるシューシャイン(靴磨き)、ランドリー。また、エレベーターを操るスターター、VIPの世話をするプロトコールなど、初めて聞くような職種の人まで話を聞いています。なかでも、施設・情報システム担当役員の椎名行弥氏の話は特に驚きです。「世の中にこんな男が一人でも存在してよかった」と村松氏は記しています。

 少しその内容を紹介すると、椎名氏は数学の天才少年で中学2年のときに高校生の家庭教師をやっていたり、帝国ホテルを志望した「不純」な動機が披露されていたり。また、一見矛盾する名をもつ「手引きの電動カーテン」や、胃カメラを飲んで思いついた「くねくね型読書灯」の開発秘話など興味深い話の連続です。魅力的な個人的資質が、帝国ホテルという一流の環境で花開き、最先端技術を生んだという事実に、帝国ホテルの謎の一端を垣間見ることができます。

 本書を読むと、帝国ホテルは魅力あふれるスタッフの一人ひとりが作り出している"唯一無二の場"ということを認識することができます。そして、自然と行ってみたい気持ちに駆られること請け合いです。



『帝国ホテルの不思議』
 著者:村松 友視
 出版社:日本経済新聞出版社
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