第5回ポプラ社小説大賞を受賞した齋藤智浩のデビュー長編『KAGEROU』が12月15日午前0時から販売開始。青山ブックセンター六本木店はじめ、終夜営業の書店にはワイドショーの撮影クルーが詰めかけ、村上春樹『1Q84 BOOK3』発売時以来の大騒ぎとなった。
 人気俳優・水嶋ヒロの処女長編とあって、同書は発売前から話題が沸騰。刷り部数は、すでに4刷43万部に達している。歩安入帳の責任販売制(返品時には掛け率が低くなるため、売れ残った場合には一定のリスクがある)で各書店からの予約注文を積み上げた結果らしいが、新人の小説デビュー作としては記録的な数字だ。
 小説の中身は、予想に反して、40歳の中年ダメ男が主人公の脱力系ドタバタコメディ。帯裏の内容紹介、
"廃墟と化したデパートの屋上遊園地のフェンス。/「かげろう」のような己の人生を閉じようとする、絶望を抱えた男。/そこに突如現れた不気味に冷笑する黒服の男。命の十字路で二人は、ある契約を交わす/(中略)深い苦悩を抱え、主人公は終末の場所へと向かう。/そこで彼は一つの儚き「命」と出逢い、かつて抱いたことのない愛することの切なさを知る。"
 というのは確かにそのとおりだが、この要約から想像される作風とはほとんど対極にある。
 物語のパターンとしては、よくある"悪魔との契約"もの。ただし、ファンタジーでもホラーでもSFでもなく、一応は現実に立脚している点がユニークといえばユニーク。ふつうの小説ではありえないキャラ、ありえない組織、ありえない設定が続出するものの、全体にコミカルなタッチなのでさほど気にならない。主人公の愛すべきダメっぷりと文章の素人っぽさが相俟って、それなりに好感のもてる小説に仕上がっている(関係ないけど、本文の最後、232ページの誤植にいちいちシールを貼って訂正してあるのもご愛敬)。
 38字×14行というゆったりした文字組のおかげもあってか、あっという間に最後まで読めるのも長所のひとつ。小説好きの読者には物足りないだろうが、ふだん本を読まない人には歓迎されそうだ。主人公が連発するオヤジギャグ(一応、それなりの必然性はある)を水嶋ヒロファンがどう受けとめるかに注目したい。
 なお、同日発売の「SWITCH」2011年1月号は、水嶋ヒロのロングインタビューを掲載。『KAGEROU』についても熱く語られているようだ。

(大森望)







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