有名作家に見る「小説タイトルの決め方」―宮下奈都インタビュー(1)

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 2004年のデビュー以来、話題作を次々に発表、現在最も注目されている作家の一人・宮下奈都さんの新刊『田舎の紳士服店のモデルの妻』(文藝春秋/刊)は、夫の鬱病により、家族と共に彼の実家に移り住むこととなった妻の十年を丁寧に描いた意欲作です。
 しかし、『田舎の紳士服店のモデルの妻』というタイトルはちょっと風変わりでもあります。一体どのようないきさつで、この小説のタイトルが決まったのでしょうか。
 宮下さんにお話を伺ってきました。

◇ ◇ ◇
 
■『田舎の紳士服店のモデルの妻』最初にタイトルが決まっていた。
―まず、本作『田舎の紳士服店のモデルの妻』という一風変わったタイトルですが、こちらは宮下さんがお考えになったものなのでしょうか。

宮下「最初に情景が頭に浮かんできたんです。ベビーカーを押して田舎道を歩く綺麗な主婦の姿が浮かんできて、その町の紳士服店とか、チラシのモデルをやっている男性が夫だったりして…とか。そのイメージから『田舎の紳士服店のモデルの妻』っていうタイトルが最初に生まれたんです。
でも変なタイトルだとも思ったので、仮のタイトルということにしていたのですが、だんだんそれが頭から離れなくなってしまって(笑)それはつまり、いいタイトルだということなんじゃないかな? じゃあ、これでいきましょう、ということになりました」

―最初に映像が浮かんでそこからお話を創るということは、宮下さんにはよくあることなのでしょうか。

宮下「“この場面が書きたいな”という始まり方をしたことは何度かありましたが、そういう時は短編が多く、長編はなかったです。(頭に映像が浮かぶというのは)長編の最初にくるアイデアとしてはあまりにも曖昧だということもありましたし。
今回の場合も、ベビーカーを押して、田舎道を途方にくれたように歩いている主婦っていうのが、どのシーンなのか、どこに向かっているのかということも全然わからなかったんです。だから、着想のきっかけというよりは、ただそのシーンがあっただけ、という感じです。でも、田舎の主婦の話を書こうという強い気持ちは残りました。私自身が田舎に暮らしていることだとか、主婦であるという生活のなかでひっかかったことを、今書いておきたい、という感じでしたね」

―妻であり、母親であるという視点で書かれていることを抜きにしても、男性には絶対書けない小説ですよね。日常生活の中の心理描写がとにかく緻密で、“こんなに色々なことを考えているんだ”と驚きました。

宮下「男性ってあまり考えないですか?もっと仕事の方に重きがあるのでしょうか」

―そうかもしれないですね。僕は家でボーっとしている時なんか“お腹空いた”くらいしか意識に上らないですし。仕事ではない日常生活でこんなに頭が回っているっていうのがある意味で女性特有のことなんじゃないかと思いました。

宮下「だから話がかみ合わないことが出てくるんですね、きっと。すごく仲のいい男女でもお互い考えていることは全然違いますし」

―本作の主人公である梨々子が、脇腹にできたヘルペスのことを夫に相談したいと思っているのに、夫はその素振りに気付かず、夕食の麻婆豆腐の味付けの話をしてしまうという場面などはまさに象徴的ですよね。

宮下「そのご指摘はうれしいです。ありがとうございます」

―本作を執筆する際に気を配った点はありますか?

宮下「日常生活の話に徹しようと思っていたので、あまり派手な見せ場を作らないように、“ここで盛り上がる”みたいなドラマチックさは抑えて書きました。そういうシーンって普通の主婦の日常生活にはそんなにないですからね」

―書き手としては、そういったドラマチックな展開を書きたくなるものなのでしょうか。

宮下「そういう場面があった方が書き手としてもカタルシスがあるし、読んで下さった方にも“あそこがよかった”って印象に残る場面になりやすいと思います。
だからこの本は、私にとっては冒険でした。何も起こらないという冒険(笑)」

担当編集「淡々と書くというのが一番苦労されていましたよね。何回も“これおもしろいのかな?”っておっしゃっていて。ちゃんとおもしろいですから安心してくださいとお伝えしました。梨々子にじっくり寄り添うように書いていかれる様子が印象的でした」

―執筆の途中で編集者の方に相談をされたりすることもあるんですね。

宮下「私はたぶん少ないほうだと思います。できることならプロットも相談したくないし、原稿も途中で見せたくない。だから、自分の書いた小説がおもしろいかどうかは最後までわからなくて、いつも不安なんです」

(第2回 ツイッターで応援団「“こうなったらいいな”とさえ思いもしないことだった」 に続く)


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