94歳の理容師が現代人に遺した「働く意味」
 昼夜問わずビジネスマンたちが行き交うJR新橋駅から歩いてすぐ。少し薄暗いガードレール下の飲み屋の間に、一軒の理髪店があります。ドアの上には、細長い紺色の看板。そこには「バーバーホマレ」と書かれてあります。
 
 2010年4月6日、この「バーバーホマレ」の店主であった加藤寿賀さんが亡くなりました。享年、94歳。倒れる直前まで理髪店でハサミを握り、入院して眠っているときにもお客さんの髪の毛を切る仕草を繰り返していたといいます。

 15歳から働きはじめ、約80年間、最期まで“現役”であり続けた寿賀さん。
 関東大震災、二・二六事件、東京大空襲、終戦、高度経済成長、東海道新幹線開通、昭和から平成へ…。歴史的大事件をその目で見続けた寿賀さんは、現代の人間には持ち得ない、確かな“仕事観”を持っていました。

◆「人には迷惑かけたくないから本は出さない!」

 今年10月、主婦の友社から『なぜ、はたらくのか』という本が出版されました。本書は亡くなる直前まで行っていた寿賀さんのインタビューを書籍化したもので、寿賀さん自身の人生、彼女が見てきた戦争、そして仕事観をまるで私たちに説教をしてくれているかのように語り尽くされています。

 しかし、もともと寿賀さんは本を出すのに前向きではなかったと、本書の編集を担当した高原秀樹さんは言います。

「去年の11月に放送されたフジテレビ『たけしの日本教育白書』に出演されていた寿賀さんの言葉に感銘を受けて、『この人の人生を本にできたら』と思い、その翌日にお電話を差し上げました。ところが、社名を口にしただけでいきなり『本は出さないよ!』とピシャリと言われまして、『お話だけでも…』と申したのですが、『話すことはないよ、はいはい、ご苦労さん』と電話を切られてしまいました」

 どうして本を出すのに前向きでなかったのか。その裏に、誰かの迷惑になるようなことは絶対にしたくないという想いが、寿賀さんにはあったと高原さんは話します。高原さんは何度も寿賀さんに会い相談をし、そして「加藤さんに悩みを相談したいという人に向けてお話をする本なら、誰も傷つかなく、そしてたくさんの方の役に立つのでは」という高原さんの提案はようやく寿賀さんに受け入れられます。

◆常に「誰かのため」を考えて…

 人はどうして働くのか。『なぜ、はたらくのか』で、この難しい問題に寿賀さんはこう答えます。

 人間はなぜ、はたらかなくてはいけないか?
 それは「端を楽させる」ためなんです。


 「端」(はた)とは周囲の人のこと。

 若い人の中には、人間は「人さまのためにはたらくんだよ」ってこと、「世の中のためにはたらかなきゃいけない」ってことを知らない人が多すぎる。・・・「周りの人のためにはたらくんだ」って分かれば、そう簡単に辞められないでしょう。仕事をやめたいと思っている人は自分しか見えなくなっているけど、顔を上げて周りのことを考えてみなさいと、言いたいですね。(p32)

 寿賀さんは15歳で家を出て理容師修行を始め、それから80年もの間、他人の髪の毛を散髪し続けてきました。どうしてそんなに働き続けられたのか、それは単にその仕事が好きだからだけではありません。「人のため」と思って働いたからこそ、続けられたのだと述べています。

 高原さんも寿賀さんをふり返って「いつも『誰かのために』という思いを常に持っていらっしゃる方で、周りの方への気遣いは尋常ではなかったです」と言います。
 そんな、いつも「誰かのために」を考えられる寿賀さんの言葉だからこそ、この『なぜ、はたらくのか』は読者から大きな反響を受けているのかも知れません。

 
 『なぜ、はたらくのか』は戦争や変わりゆく戦後社会を横目にしてきた寿賀さんの、在る意味“遺言”ともいえる言葉たちがつまった一冊です。悩んでいる人は手にとって、そのページを開いてみませんか。冒頭に掲載されている寿賀さんの優しい笑顔が、あなたを迎えてくれることでしょう。
(新刊JP編集部/金井元貴、『バーハーホマレ』写真/今井一詞・撮影)


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