「電々」は死語となれども、バス停は健在なり

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東急田園都市線用賀駅から恵比寿駅行きの東急バスに乗ると、玉川通りを越えて中町4丁目から駒沢通りに入ったところに、今回ご紹介する「電々アパート前」バス停があります。電電公社(日本電信電話公社)の民営化によるNTT(日本電信電話株式会社)の発足は、昭和60年4月1日のことです。既に20年以上前の出来事であり、当然のことながら、公社時代を知らない世代も、立派に成人しているという歳月になります(その後のNTT東西分割により、NTT本体は持株会社となりました)。正式社名には現在も「電信電話」の文字が入りますが、「電電」という略称はNTT発足時に既に死語となった感があります。しかしながら、バス停は「電電」の名をしっかりと守り続けていました。さらに「電電」を「電々」と表記しているところに、オリジナリティーも感じられ、面白いです。

電々アパートとは、すなわち電電公社の社宅であり、民営化後は当然にNTT社宅と呼ばれています。さすがに多量の従業員を抱える組織だけあって、社宅も都内各所に、それもマンモス団地並みの規模をもって建築されている事例も多く見られます。中層でフラット屋根の外観は、一般的な公団の団地とも似ていますが、公社とはいえ、一企業の社宅として多量に供給されたこれらの建物群は、昭和の建築遺産のひとつとして高く評価することもできるのではないでしょうか。

バス停としては、最近まで同名のものが都内にもう一ヶ所ありました。杉並区宮前のNTT大宮前社宅にあった関東バスの電々アパート前バス停です。東急とどちらが長く「電々」の名を残し続けるか注目していましたが、関東バスの方は2年ほど前に改称され、社宅も取り壊されたと聞いています(現地未確認です、すみません)。

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バス停から住宅街を北へ歩いて行くと、やがて緑に囲まれた団地群が見えてきますが、これが電々アパートことNTT玉川中町社宅です。その敷地の広さにまず驚かされますが、世田谷区深沢に隣接する立地でこれほど広大な敷地が、どれほどの資産価値になるのか、ちょっと想像もつきません。そしてその広大な敷地にゆったりと配置された建物が全部で10数棟。そのゆったり度合いに、ついため息が出てしまうほどです。敷地中央には広場があり、お弁当を広げた親子連れの姿もちらほら見えています。建物の老朽化はやむを得ないとしても、全棟日当たりも抜群で、住環境としては最適な団地空間のように思えます。
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団地東側は深沢の閑静な高級住宅地としての街並みが広がります。落ち着きのある住宅街の散策も、たまにはいいものかもしれません。深沢7丁目から玉川通りへ抜ける通りには、見事な桜並木のトンネルが続き、散策の楽しみも増していきます。
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